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開業を考える勤務医が「不動産投資」に手を出してはいけない理由【専門家が解説】

開業を考える勤務医が「不動産投資」に手を出してはいけない理由【専門家が解説】

勤務医のなかには、自身の属性を活用して不動産投資を行っている人が少なくありません。しかし、これは開業資金の調達に悪影響を与えるリスクがあるため注意が必要です。今回、勤務医が開業前に不動産投資を避けるべき理由をみていきましょう。公認会計士・税理士の岸田康雄氏が解説します。

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「貯蓄なし」と答えた医師は7%…医師の懐事情

日本の医師数は、近年増加傾向にあります。厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師統計」によれば、2020年12月31日時点での医師総数は33万9,000人であり、2010年の29万5,000人から約15%増加しています。これは2008年以降の医学部入学定員の拡大が主な要因でしょう。

ひと口に医師といっても、その年収は勤務形態や年齢によって大きく異なります。2023~24年時点での平均年収は以下のとおりです(※1)

個人開業医の平均年収 :約3,000万円(=収益9,500万円-費用6,500万円)
20代新人医師(研修医)の平均年収: 約600万円
30代医師(勤務医)の平均年収 :約1,100万円
勤務医全体の平均年収: 約1,400万円

一見するといずれも高所得にみえますが、実は開業医全体の平均年収は減少傾向にあります。2019年に2,807万円(※2) だったものが、2021年以降は2,700万円台まで減少。この主たる原因となるのが診療報酬の改定です。2024年度改定では、本体部分はわずかに+0.88%増でしたが、薬価が-0.97%と引き下げられた結果、全体では-0.09%のマイナス改定となりました(※3)。こうした背景もあり、開業後の経営は厳しさを増しています

他方、医師の金融資産の平均は3,700万円実物資産の平均は5,300万円です。しかし、世帯貯蓄額が1,000万~2,000万円未満の割合が最も多く、貯蓄なしと回答した医師も7%存在します(※4)
医師の資産形成に対する意識は高いといえますが、一般的な家庭より高収入でありながらも、教育費や住宅費などへの支出も多く、資産形成が十分に進んでいないケースも少なくありません。

こうしたなか、将来への備えとして資産形成に積極的な医師もいます。特に社会的信用が高い「勤務医」という“最強の属性”を活かして、不動産投資を行っているケースも多いです。しかし、こうした資産形成が、将来の独立開業時に大きな影響があることをご存じでしょうか

5,000万円~1億円かかる開業資金は「自己資金+融資」が一般的

医師がクリニックを開業する際に必要な資金は、診療科目や開業形態によって大きく異なりますが、平均して開業に必要な資金はおよそ5,000万円~1億円ほど(※5)
開業資金の調達方法は自己資金と金融機関からの融資が主な手段で、自己資金は開業資金の20~30%程度が理想とされています。少なくとも1,000万円以上の自己資金があると融資を受けやすくなるようです。

また、MRIやCTスキャンなどの高額な医療機器を導入するならば、リース契約が有効でしょう。リースによって、初期投資を抑えながら最新機器を導入することが容易になります。リース料は経費として計上できるため、税務上の処理も簡便です。さらに、建物賃貸契約の保証金、内装工事費、運転資金など多岐にわたる費用が必要となります。
特に運転資金は、開業初期の患者数が安定するまでの期間をカバーするために重要であり、6ヵ月~1年分の経費を確保することが必要とされています。

なぜ?… “属性最強”の医師が開業資金の融資を断られるワケ

ここまで説明してきたように、高額な開業費用を自己資金だけで賄うことはほとんどなく、多くは金融機関からの資金調達が必須です。とはいえ、医師は高収入で社会的信用も高いため、金融機関からは「属性最強」と評価されます。そのため、融資のハードルは高くないはずでしょう。
しかし実際には、不動産投資をしていたばかりに、開業資金の融資を断られてしまうというケースも少なくありません。どういったことなのでしょうか?

金融機関における融資審査は、申込者の「返済比率」や「総借入額」を重視します。そのため、開業資金として約1億円の融資を希望するような場合、既存の借入れが審査に大きく影響するのです。
実際ある勤務医は、年収1,800万円で、開業資金として8,000万円の融資を希望していました。しかし、開業前に5,000万円の不動産投資ローンを組んでいたため、金融機関の融資審査で「返済比率が高すぎる」と判断され、融資を断られてしまったのです(※6)

開業前の不動産投資はハイリスク…開業して「3年」は我慢して

不動産投資による借入が、開業資金の融資審査に悪影響をおよぼすことは明らかです。開業資金の調達が必要な時期に、既存の借入れが足かせとなることは避けなければなりません。
不動産投資は、資産形成や節税対策として有効な手段です。しかし、開業を成功させるためには、不動産投資のタイミングを慎重に考える必要があります。

開業後に経営が安定し、収入が確保できるようになってから不動産投資を検討することが望ましいでしょう。一般的に、開業後3年間は経営の安定性を評価する期間とされており、この期間を経てからの投資であれば、金融機関からの融資も受けやすくなります。
また、開業後に不動産投資を行うことにより、実際の収支状況やキャッシュフローを把握したうえで、無理のない投資計画を立てることが可能です。これにより、開業資金の返済と不動産投資のバランスを適切に保つことができます。

まずは本業に集中し、経営を安定させることが最優先です。資産形成のための不動産投資は、開業後3年程度経過した後、経営が安定してから検討するのが賢明でしょう。

【出所・注釈】
※1 厚生労働省「令和6(2024)年 賃金構造基本統計調査 」
 中央社会保険医療協議会「令和5年度第24回医療経済実態調査
※2 厚生労働省「第22~24回医療経済実態調査」
※3 厚生労働省保健局医療課「令和6年度診療報酬改定・全体概要版(PDF)
※4 民間医局コネクト「金融資産保有者の平均額は3,752万円、リタイア時に保持していたい額は平均1億4,422万円~貯蓄アンケート~(2025年1月23日)
※5  岸田康雄税理士事務所の顧客データによれば、
内科:6,000万円~8,000万円
皮膚科:4,000万円~6,000万円
眼科:5,000万円~7,000万円
耳鼻咽喉科:4,000万円~6,000万円
精神科・心療内科:1,000万円~3,000万円
と考えられる。MRIやCTを導入すると1億円を超える。
※6 岸田康雄税理士事務所のお客様の事例
著者:
公認会計士・税理士 岸田康雄(編集:幻冬舎ゴールドオンライン)
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

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