余暇を楽しむ Enjoy Leisure

大河ドラマ『べらぼう』で学ぶ、落語入門!~江戸の話芸の原風景を観る

大河ドラマ『べらぼう』で学ぶ、落語入門!~江戸の話芸の原風景を観る

医療の仕事は「話す仕事」でもあります。診療時の面談はもちろん、同僚や多くのスタッフと迅速にやりとりするには、相手が耳を傾ける話術や間(ま)、そして反応を読み取る観察眼が欠かせません。そうした力は、落語——すなわち噺家の芸に学ぶこともあるでしょう。また落語には診察室で起きそうな珍騒動への対処、さらには「医者」が登場人物として描かれる演目も少なくありません。実際、古典落語を趣味として嗜む医師の方も多くいらっしゃいます。
さて今年話題の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』は「落語」が生まれた時代が舞台です。その光景、噺に登場する人々は、まさにドラマで描かれる江戸の生活風景や人間模様そのもの。話のタネにも良いドラマを入り口に、落語という300年以上にわたり人々を魅了してきた話芸の魅力に、あらためて触れてみるのはいかがでしょうか。
(文末に用語解説と情報、2025年6月イベント紹介あり)

▶「MedicalLIVES」メルマガ会員登録はこちらから
日々の診療に役立つコラム記事や、新着のクリニック開業物件情報・事業承継情報など、定期配信する医療機関向けメールマガジンです。メルマガ会員登録の特典として、シャープファイナンスのサポート内容を掲載した事例集「MedicalLIVES Support Program」を無料進呈!

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』第一部。おさらいに、予習に落語はいかが

各所で話題の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』は江戸中期、太平の世が舞台の歴史ドラマ。吉原を舞台とした第一部が平賀源内の死去で終了し、5月からは日本橋を中心とした第二部へ入りました。平安中期を描いた昨年の『光る君へ』から2年連続で「文化系大河」とも呼ばれ“大河ドラマ”としては異色の作品です。

主人公・蔦屋重三郎(蔦重)は、浮世絵や読本の世界で才をふるった現代で言うカリスマ編集者であり、町人文化の旗手としてその名を刻んだ男。しかし今回は蔦重の出版や美術的功績については一旦置いて、このドラマを“古典落語”から眺める試み。
ドラマの第一部、吉原を描いた「廓噺(くるわばなし)」の名作からまずは紹介いたしましょう。

■廓噺の名作「明烏(あけがらす)」~『べらぼう』舞台のど真ん中、吉原。

吉原が舞台の名作落語『明烏』は、廓文化と江戸町人の笑いと皮肉を織り交ぜ活写する一編。この噺の元は浄瑠璃「明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)」で、安永元年(1772年)ごろの作。実際に起きた三河島の情死事件を題材にしています。事件の年、蔦重は19歳。事件を起こした女郎・三吉野は蔦重のいた引手茶屋のお抱えだったとのことで、彼はこの悲劇の恋人たちと面識があったかもしれません。
さて、落語「明烏」の話はもっと平和な笑い噺として成立します

あらすじ・堅物の若旦那を吉原へ
商家の若旦那が、堅物すぎて女遊びにまるで興味を示さない。これを案じた父親である大旦那が、遊び人の若い衆に「吉原で遊びを覚えさせてやってくれ」と頼みます。彼らは若旦那に「初午の稲荷祭りに泊まり込みで参詣に」と嘘をつき吉原へ連れ出し、大門(おおもん)※1を「立派な鳥居」とごまかし、引手茶屋※2を「巫女の家」と言いくるめながら、何とか吉原の門内へ誘い込みます。
その道中で目にする風景や、廓の描写は、まさに『べらぼう』の世界。ドラマに登場する九郎助稲荷や蔦重の働いていた引手茶屋など、なるほどグッと解像度が上がります。

大河ドラマ『べらぼう』で学ぶ、落語入門!~江戸の話芸の原風景を観る

歌川広重の代表作・東海道五十三次『日本橋』。ここから10分程で後の蔦重の店「耕書堂」跡地だ

吉原は単なる遊郭ではありません。この「天下御免」幕府公認の色街は、教養と美貌を兼ね備えた花魁たちに艶やかな楼閣を表看板に据えた江戸っ子たちの憧れの街。ここでは、幕臣や大名家の留守居役、また豪商らが接待をすることも珍しくなく、当時最先端の芸能・美術・文学が集まり生まれた場所でもありました。もちろん『べらぼう』では、”苦界としての吉原”の側面も幾重にも描かれます。

『明烏』あらすじ続き・明けの烏の鳴くころに?
さて、『明烏』の後半では、最初は頑なに女を拒んでいた若旦那が、美しい花魁に気に入られます。そして夜は更け、若旦那を連れてきた2人は女郎に振られ「野郎の根付※3」で夜を明かします。朝になり若旦那を迎えに行くと、とっぷりと良い仲になっており布団の中から花魁と別れたくないと惚気る始末。明け烏の鳴く若旦那の部屋に残った甘納豆を勝手につまむ振られた2人は「朝の甘味はおつだね」などと負け惜しみ。さてオチは…気になる方はぜひ一席、お聞きになるのをお勧めします
なお「明烏」を得意とした昭和の名人・八代目桂文楽は菓子をつまむ仕草ひとつも絶妙で「明烏」がかかると、寄席の売店の甘納豆が完売になったという逸話も残ります。
古典落語は江戸から200年以上も口承と稽古の末に今に伝えられた“音の資料”であり、当時の名もなき町人たちの文化や風俗を生き生きと映し出す“語りの映像”でもあります。

■歴史に名を残しても、残さなくても。時代を生きた庶民の息遣いが残る話芸

蔦重の生きた時代が舞台の落語には、他にも多くの名作があります。有名どころでは、長屋※4暮らしの夫婦の情愛を描いた人情噺『芝浜や、与太郎※5が活躍する『唐茄子屋、町内の揉め事が噺家によっては人情噺に変わる『らくだなど。いずれも、江戸や上方に暮らした庶民の価値観とユーモアが詰まった逸品。

『べらぼう』の舞台は華やかな吉原や芝居町、錦絵や書肆の賑わいばかりではありません。おなじみ長屋や蕎麦屋や行商人、江戸勤番の武士から札差・検校ら、落語に登場する“江戸の裏方たち”の存在がドラマに深みを加えています。その騒めきや息遣いに耳を傾ければ200年前、江戸時代の匂いをリアルに感じられるはずです。
『べらぼう』をご覧になっている方は、ぜひ「古典落語」を一席。その一席が、ドラマの一場面をより鮮やかにみせます。もちろんその逆もしかりで、落語の世界が気になったら『べらぼう』は良い副読本。蔦重という人物だけでなく江戸に生きた人々や社会が、ぐっと近く立体的に感じられるでしょう。落語と大河、ふたつの「物語」で楽しむ江戸の世界。現代の私たちと地続きの、近世である江戸時代は意外と身近に生きています。
せっかく江戸文化が盛り上がる※6今年、落語やその周辺文化も含めて楽しんでみませんか。

※1(吉原)大門:今では花街から帰る男が恋しく振り返った「見返り柳」が残るのみ。当時は立派な屋根付き冠木門があり、大名でも籠を降りねばならなかった。
※2 引手茶屋:客が遊女屋に行く前に立ち寄り、ここで遊女との取次や案内、宴会や遊興の手配をした。蔦重のいた駿河屋などで妓楼とは別。
※3 野郎の根付:馴染みの女郎も人気があれば客を選ぶ。フラれてひとり部屋で待つ、侘しい男の姿を財布の根付(人形)になぞらえた呼び名。
※4 長屋:時代劇や落語で馴染みのある長屋だが、厳密には店子(賃借人)は町人ではなく自分の土地に住み町政に参加できる「町人」は江戸住人の3割ほどだった。
※5 与太郎:主に江戸落語の登場人物で、間抜けでとんでもないことを言ったりやらかしたりする人物として描かれることが多い。
※6 今年4月から開催中の東京国立博物館『蔦重展』や、吉原のある台東区の大河ドラマ館新吉原耕書堂など期間限定のイベントに浅草から吉原は大賑わい。また吉原
大門前120年続く老舗、桜鍋中江では吉原最後の料亭・別館金村にてお座敷遊びや落語会など精力的に当時の文化と味を伝え続けている2025年6月には大吉原落語まつりが開催
寄席・落語会:せっかくなので聞いてみよう、となりましたら関東圏の情報は落語系情報サイト「噺」、上方関西は定席の天満天神繁盛亭あたりからいかがでしょうか。
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

記事紹介 more

料理家・ワタナベマキさんは、酸味と塩気、コクを一度に加える梅干しを、料理の基本調味料「さしすせそ」に…

少子高齢化などを背景に医療ニーズが年々高まる一方、医療業界においては深刻な人材不足が喫緊の課題となっ…

勤務医のなかには、自身の属性を活用して不動産投資を行っている人が少なくありません。しかし、これは開業…

開業を検討される先生方には「新規開業」または「承継開業(M&A)」という二つの選択肢があります。かつ…

「ジャパニーズウイスキー」として国際的な評価が高まり続ける国産ウイスキー。しかし生産国・日本に住む私…

日々の診療やスタッフとのやりとりの中で、ちょっとした雑談がきっかけで、患者さんとの信頼関係が深まった…

医師としてのキャリアプランを考えるうえで、「いずれは開業したい」という考えの人も少なくないでしょう。…

医院の承継に係る費用(承継価格)は譲渡側にとっては引退後の豊かな生活資金のため、譲受側にとってはでき…

医療の仕事は「話す仕事」でもあります。診療時の面談はもちろん、同僚や多くのスタッフと迅速にやりとりす…