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新規開業と承継開業(M&A)について…その比較及びメリットとデメリット【税理士が解説】

新規開業と承継開業(M&A)について…その比較及びメリットとデメリット【税理士が解説】

開業を検討される先生方には「新規開業」または「承継開業(M&A)」という二つの選択肢があります。かつては開業すれば自然と患者が集まり、経営が軌道に乗る時代もありましたが、現在の医療環境では、安定した収益を確保するために、開業形態を含めた綿密な検討が欠かせません。本稿では近年の開業動向を踏まえ「新規開業」と「承継開業」それぞれの特徴と留意点を整理します。
解説は、日本クレアス税理士法人 執行役員・税理士の中川 義敬氏です。

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1 開業を取り巻く時代背景

医療制度改革や診療報酬の見直し、患者ニーズの多様化により、クリニックを取り巻く環境は、これまで以上に変化のスピードを増しています。
こうした背景のもと、「新規開業」に加えて、既存クリニックを引き継ぐ「承継開業(M&A)」も選択肢として認知されるようになってきました。しかし、その認知度の広がりに比して、実際に承継開業を選ぶケースはいまだ限られているのが実情です。

2 なぜ今、承継が注目されるのか

医療機関の休廃業・解散が過去最多に
帝国データバンクの「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」によれば、2024年に休廃業・解散した医療機関は722件と過去最多を記録しました。10年前と比べ2.1倍、20年前と比べると5.6倍に増加しており、特に診療所が休廃業の大半を占めています。

経営者の高齢化と後継者不在の深刻化
全国の診療所経営者において、70歳以上の割合は54.6%に達しており、医療機関の高齢化は今後さらに進行すると見込まれています。また、日本医師会「医業承継実態調査(2020年)」では、次のような実態が明らかになっています。

後継者候補が存在しない50.8%
後継者はいるが意思確認していない27.7%
・後継者がいて意思確認済み:21.6%

これらのデータからも、診療所の半数以上が後継者問題を抱えていることがわかります。

3 新規開業と承継開業(M&A)の基本比較

新規開業とは、ゼロから自らクリニックを設立し、経営を始めるスタイルを指します。一般的には、金融機関から融資を受け、建物の建築や医療機器の導入などに初期投資を行いながら、開業準備を進めていきます。多くの場合、開業当初は個人事業主として事業をスタートし、経営が安定してきた段階で、医療法人化を検討するケースも見られます。

一方、承継開業(M&A)とは、売却を希望する既存のクリニックを引き継ぎ、事業を継続する形で開業する方法です。この場合、基本的には建物、医療機器、患者、スタッフなど、クリニック運営に必要な資源をまとめて承継することになります。また、承継対象が医療法人である場合には、その法人格ごと引き継いで事業を始めることも可能です。

 区分新規開業承継開業(M&A)
 概要ゼロからのクリニック立ち上げ既存クリニックを引き継ぐ
 初期費用高額(内装・機器・広告等)譲渡価格中心
初期投資は比較的抑制可能
 収益化黒字化まで数年要する場合も初月から安定収益が見込める

4 新規開業と承継開業の比較検討

4-1. 基本的なメリット・デメリット

【新規開業】
 メリット
・診療方針、施設設計、診療圏選定の自由度が高く、理想とする診療スタイルを実現しやすい
・自分のブランディングをゼロから構築できる
 デメリット
・初期費用が高額となりやすい
・集患・収益化までに時間を要する可能性がある

【承継開業(M&A)】
 メリット
・スタッフ、医療設備を引き継げるため、開業時のコストと労力が比較的小さく済む
・患者基盤、地域認知度等を引き継ぐことで、早期収益化が見込める
 デメリット
・場所や施設に一定の制約があり、関係者との調整が必要
・スタッフや患者との信頼構築に時間を要する場合がある

M&Aか新規開業か、という点で特に比較されるのは費用面ではないでしょうか。M&Aについて新規開業と同様の費用感を想定される先生も少なくありませんが、最低限必要となる資金面だけで比較すると、承継開業(M&A)のほうが新規開業よりもコストを抑えられる傾向があります。

確かに、都心部など立地条件が良く、患者数も多い人気クリニックの場合は、譲渡価格が高額になるケースも見受けられます。とはいえ、売り手側の事情により早期譲渡を希望している案件では、たとえ人気のクリニックであっても相場より有利な条件で承継できる可能性も十分にあります。承継案件を選定する際には、単なる価格比較に留まらず、クリニックの実績や地域特性、売り手側の事情を含めた総合的な条件確認を行いましょう。

4-2. 各視点から見た新規開業とM&A

 視点新規開業承継開業(M&A)
 場所自由選定
・診療圏調査を行い、自由に立地を選ぶ
・案件から選択
・選択肢に限りはあるが、実績のある立地を活かせるメリットも有
 内装設計・スケルトン物件を自由に設計既存施設の活用が基本
・必要に応じてリフォームや部分改装
 患者集患活動が必要
・広告費が多くなることも
・既存患者の引き継ぎあ
・新規開業に比べれば早期収益化が見込める
 スタッフ新規採用育成
・開業前後に相応の労力が必要
・経験者の継続雇用
人間関係構築には配慮が必要
 取引先新規開拓
・医薬品卸会社や機器業者を新たに選定・交渉
・既存取引先との継続交渉
・必要に応じて見直し
 コスト高額になる傾向
・初期投資に加え、運転資金の備えも必要
・譲渡価格が主な初期コスト
・ただし、後に投資が必要になる可能性

5 資金繰りと収益計画の留意点

前段の比較に加え、特に留意すべきなのが資金繰りと収益計画です。新規開業の場合、土地・建物・内装・広告など多額の初期投資が必要となるうえ、診療報酬の初回入金まで2か月程度のタイムラグが生じます。そのため約1年分以上の運転資金確保が望ましいでしょう。

一方、承継開業では譲渡費用が必要ですが、既存患者の存在により、開業初月から収益が見込めるケースも多く、資金繰りの安定化が期待されます。ただし、案件によっては後に別途コストがかかることもあります。設備の老朽化やスタッフの人件費負担など、コストのかかる要因もはらんでいますので、実態に即した資金計画を慎重に立案することが重要です。

6 人員面の留意点

新規開業の場合、一般的にオープン時の採用募集ではスタッフが集まりやすい傾向があります。とはいえ、必ずしも希望するスキルや人柄を備えた最適な人材が集まるとは限りません。特に近年の採用難の波は厳しく、その中でも専門職の採用においては、希望するスキルや人柄を備えた人材に出会うのが難しいケースが少なくありません。

そのため、開業準備の早い段階から知人に声をかけるなど、タイミングを見計らって採用活動を前倒しで始めておくことが望ましいでしょう

一方、承継開業(M&A)では、基本的に既存スタッフをそのまま引き継ぐ形となります。医療法人ごと承継する場合、雇用契約も継続されるため、経験豊富なスタッフとともに診療をスタートできるのが大きなメリットです。レセプト業務なども安心して任せられることは、開業時の大きな負担軽減にもつながります。ただし、スタッフとの相性や院内の雰囲気によっては開業後に課題が生じる可能性もあります。M&A実行前には現場の雰囲気を把握し、キーパーソンとなるスタッフと面談を行うなど、事前の確認を徹底することが重要です。

まとめ:開業形態の選択に向けて

今後、医療機関の高齢化・後継者不足問題がさらに深刻化することを踏まえれば、承継開業(M&A)はより現実的で有力な選択肢となるでしょう。

開業形態の選択には、

ご自身の診療スタイル
ライフプラン
資金繰り
リスク管理

といった多角的な視点から、慎重に検討を重ねることが重要です。ご不安な点がある場合は、税理士をはじめとする専門家に相談しながら、ご自身にとって最適な開業の形を見出していただければと存じます

著者:
日本クレアス税理士法人
執行役員/中川 義敬 税理士(近畿税理士会所属)

【経歴】2007年税理士登録、2009年に日本クレアス税理士法人入社。
現在に至るまで、東証一部上場企業から中小企業・医院の税務相談、税務申告対応、医院開業コンサルティング、組織再編コンサルティング、相続・事業承継コンサルティング、経理アウトソーシング、決算早期化等に従事。
医院の新規開業支援、会計税務、医業承継・相続対策など、個人医院から大病院までをサポートしてきた医療分野での高い経験を生かすため、2019年7月大阪本部 本部長に就任。現在に至る。
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

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