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外国人患者急増をチャンスに…言葉・文化・医療費の壁を越える“次世代クリニック”になるには

外国人患者急増をチャンスに…言葉・文化・医療費の壁を越える“次世代クリニック”になるには

※画像はイメージです/PIXTA

訪日外国人客数が過去最高を記録するなか、観光地や都市部のクリニックでは、急な体調不良を訴える外国人患者の来院が日常的な光景となりつつあります。しかし、現場では「言葉が通じない」「文化や習慣が違い、どこまで説明すべきかわからない」「医療費の請求方法が不安」といった戸惑いの声も少なくありません。
今回は、言葉・文化・費用の壁を乗り越え、インバウンド需要を確実な収益へと繋げる「次世代クリニック」の対策と準備を、医療法人梅華会理事長の梅岡医師が解説します。

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1:クリニックが直面する「外国人患者」という新たな課題

2024年の訪日外国人客〔以下、訪日客〕数*1は約3,686万人に達し、コロナ禍前の2019年を約500万人上回り、年間の過去最高記録を更新しました)
*1 出典:日本政府観光局(JNTO)による日本の観光統計データを参考

インバウンドにより増加している外国人患者言葉の壁、宗教・文化の違い、医療費請求などの課題への対策は、今やクリニックにとって避けて通れないテーマとなっています。

まず、外国人が来ているということは、急性期の疾患に直面する可能性があるということです。
発熱、下痢、腹痛、頭痛、あるいは持病の悪化など、さまざまな症状で病院を受診することになります。実際、自身が海外旅行に行こうとした時に「どの病院に行けばいいのか分からない」という問題はよく耳にしますが、それと同じ状況が日本を訪れる外国人にも起きているのです。
実際、観光中のケガや急病で突然クリニックを訪れる外国人は珍しくなくなっています。スタッフ側も「どのように対応すればいいのか」「どう説明すれば理解してもらえるのか」と悩みを抱える場面が増えているのです。

言葉と診療体制の課題

外国人対応の最初の障害は言語です。
患者の症状や既往歴の聞き取りがうまくいかないと、診療の正確性に影響します。スタッフの間でも「言葉が通じないから不安」という声が少なくありません。
とはいえ、受け入れる医療者側が言葉に後ろ向きでは、せっかくのインバウンド需要を取り込むことはできません。この壁を超える姿勢こそが、次世代クリニックの条件といえるでしょう。

自費診療と費用設定の工夫

外国人患者は保険診療の対象外であり、自費診療となります。これは大きなポイントです。
診療費の設定は完全に自由であり必ずしも100%請求に限られるものではありません。私の知人には200%請求を行っている例もあります。
外国人患者の診療は時間と労力を要する場合が多いため、追加コストを適正に反映することが必要です。
海外の多くの国では医療費が高額であることは常識であり、日本の料金体系はむしろ「安い」と認識されることすらあります。日本人の「3割負担」が基準になっている感覚とは異なり、外国人にとって医療費は全額自己負担が当然です。その意識の違いを踏まえ、クリニックとして適切に値付けを行うことで、持続可能な診療体制を築くことが可能となるでしょう。

地域差とインバウンド需要

ただし、外国人患者対応の必要性には地域差があります。東京や大阪、京都といった、観光客が多く訪れる地域では整備が必須です。
一方、インバウンドがほとんど来ていない地域にまで無理をして体制を整える必要はありません。
それぞれの地域特性に合わせた取り組みが重要です。特に、急性期疾患の対応が求められる都市部では、外国人患者の受け入れ体制を整えることが重要な経営戦略となります。

日本医療の強みと医療ツーリズム

日本の医療は「清潔」「丁寧」「安全」といった要素で高い評価を得ています。私自身、アメリカや東南アジア、ヨーロッパなど様々な医療機関を視察してきましたが、日本の清潔感や設備メンテナンスの徹底度、ホスピタリティの質は群を抜いています。
ただし、富裕層向けの人間ドックや高度検査に関しては、海外のほうが診断機器や検査体制で優れている場合もあります。いわゆる「医療ツーリズム」については、日本が必ずしも先進的であるとはいえません。
そのため、日本においては安心感」や「清潔さ」といった独自の強みを前面に出すことが重要であり、富裕層狙いの高度ツーリズムに過度に期待するのは適切ではないでしょう。

事例:観光中に発症した顔面神経麻痺

私が経験した実例を紹介します。
北米から観光で来日した患者が滞在中に顔面神経麻痺を発症しました。急性期であったためステロイドの投与が必要となり、副作用や既往歴を丁寧に確認する必要がありました。
診断はベル麻痺としましたが、外国人患者のなかには、日本人と比べて自己主張が強く、自分の診断や病名に強い意見を持つ方がいます。
たとえば、顔面麻痺の診断をめぐり「ベル麻痺か、ハント症候群か」で議論になり、長時間説明を要したケースもありました。こうした文化的背景の違いにより、診療に時間がかかることもあります
それでも、患者である限りしっかり診察をすることが第一ですので、時間がかかっても患者が納得するまで説明を尽します。

次世代クリニックに求められる対策

こうした課題を踏まえ、次世代クリニックに必要なものを考えていきましょう。
それは「完璧な語学力」ではありません。片言の英語やボディランゲージでも十分通用します。以前は外国人患者への対応に非常に苦労しましたが、最近では翻訳アプリや音声認識技術の進歩によって、やり取りが格段にスムーズになっています。昔に比べると、かなり対応しやすくなってきました。
そしてクリニックの準備としては、

多言語の問診票の準備
多言語の料金表事前同意書の整備
クレジットカード払いの導入
英語版ウェブサイトによる周知

といった取り組みは必須です。これらを整えることで、未払いリスクや誤解を防ぎ、診療の円滑化につながります。
実際、クレジットカードが普及している外国人患者において、医療費の支払いに関しては、心配されるほどのトラブルは実際にはほとんどありません。ほとんどの外国人患者がクレジットカードを利用しており、未払い事例はまれです。
外国人患者の増加は、開業医にとって課題であると同時に大きなチャンスでもあります。
言葉や文化、医療費といった壁を一つひとつ乗り越えることで、クリニックは「次世代型」の姿へと進化していくことができるのです。
日本の医療が持つ「安心」「安全」「清潔」という強みを活かし、現実的な体制を整えることが、外国人患者をチャンスへと変える秘策です。これからの時代、外国人対応に積極的に取り組むクリニックこそ、地域に必要とされる存在となるでしょう。

著者:
梅岡 比俊 医療法人梅華会 理事長
開業医コミュニティ「M.A.F」主宰(編集 幻冬舎ゴールドオンライン)
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

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