2000年代初頭、世界的な品評会で相次いで賞を獲得し脚光を浴びた国産ウイスキー。その後20年でその地位は確立され、今では“ジャパニーズウイスキー”というカテゴリーで世界を沸かせています。スコッチやバーボンのような力強い個性とは対照的に、日本のウイスキーは繊細でバランスの取れた味わいが特徴。それは“余白の美”とでも呼ぶべき景色かもしれません。季節や地域の食材に合わせて器や盛り付けを変える和食文化のように、見立てや“間”を愛でる楽しみでしょうか。その個性や表情を知るには、やはり蒸溜所やその土地に足を運びたくなります。
近年、国内でもウイスキーツーリズムが注目を集めています。各地に点在する蒸溜所では、地元の文化や自然を肌で感じられます。都市を離れ産地を巡る旅では、酒だけでなく食、文化、そして地域の人々と深く出会い直せる機会となるでしょう。

世界的にも有名なサントリーの山崎蒸溜所は、日本最初のウイスキー蒸溜所。湿潤で温暖な気候と名水の地として知られる天王山のふもと、繊細でバランスの取れたウイスキーが生まれています。白州蒸溜所は、標高が高く清澄な水と冷涼な気候の中、フレッシュで爽やかなウイスキーが造られます。ニッカの余市蒸溜所は、スコッチの影響を色濃く受け、寒冷な気候と良質な雪解け水を活かした力強いスモーキーなウイスキーが目覚めを待ちながら熟成を続けています。それら地域を訪れることで、その風味が土地の自然と結びついていことを肌で感じられます。
そして先行の名門たちに続き、全国に新しい蒸溜所が続々と誕生しています。信州の冷涼な気候を生かしたマルス信州蒸溜所や、秩父の自然と共に進化する秩父蒸溜所。さらに、厚岸蒸溜所では、その気候・立地からアイラモルトのようなピート香が鼻腔を目覚めさせる…その一杯が映し出す、土地の個性、完成度の高まりに現在進行形で会えるのは蒸留所の旅で最高のご褒美でしょう。
そして秩父蒸溜所や小諸蒸溜所では、ウイスキー検定合格者向けの限定ツアーもあります。

自宅で静かに楽しむのも良いですが、旅先での味わいは格別です。たとえば、キリンが運営する富士御殿場蒸溜所では、富士山の伏流水を使ったクリアな味わいを、その水を含む風の匂いや空気の中で楽しめます。飯山マウンテンファーム蒸溜所では、高原の澄んだ気候のなか熟成中の原酒を見学し、味わえること。また近年、蒸溜所併設のバーやレストランも充実してきています。嘉之助蒸溜所では、温暖な気候で育まれたフルーティーな原酒を有明海を一望する贅沢なバーで味わえます。そして桜尾蒸留所は2025年秋に「SAKURAO YOSHIWA WHISKY PARK」が開設予定。「蒸溜所」を超えた観光体験型施設の計画が進行中です。ウイスキーを通じ地域の歴史や食文化を深く知る本格的な“体験型の旅”が始まります。
また各地の地元農家が原料の大麦を栽培したり、廃材を使った樽づくりなど、持続可能なウイスキーづくりへの挑戦も始まっています。私たち訪問者も消費者としてではなく、土地の営みへの“共感者・支援者”としての特別な絆を感じる旅になることでしょう。

■土地の風味を感じるニューボーンウイスキー
新たな蒸溜所では、特に熟成が浅く3年以内のものを指す「ニューボーン」で、蒸留所の個性を知ってもらう試みも増えています。たとえば、瀬戸内蒸溜所では、オロロソシェリー樽で熟成した「瀬戸内1年」が。山鹿蒸溜所では、栗樽を使用した「山鹿ニューボーン」の、独特の甘みと香ばしさが魅力です。ニューボーンは、土地の風土や素材の風味をダイレクトに味わえるという特徴があり、ストレートやトワイスアップで個性を堪能するのがお勧めです。

全国には現在、大小合わせて60以上のウイスキー蒸溜所があります。その中には、遊佐蒸溜所や静岡蒸溜所のように、小規模ながら熱い支持を集める個性派も多く、いわば“ウイスキー版クラフトビール”とも言える世界が広がっています。

次の旅の目的地は、美術館や温泉だけではなくウイスキー蒸溜所もいかがでしょうか。そこで出会うウイスキーはとても贅沢に、帰宅後にも味わうたび、思い出や話題を生んでくれる特別な一杯になるでしょう。
時を重ねるごとに新たな顔を見せるウイスキーとの再会を楽しみに、次の旅へ出発しませんか。