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クリニック院長の急逝で大パニックに…「承継」意識の欠如が招く惨事【弁護士が解説】

少子高齢化の日本では、あらゆる業界で「後継者不足」が深刻化しています。これは医療業界も例外ではありません。日本医師会総合政策研究機構によると、全国の診療所の半数が「現段階で後継者候補はいない」と回答している状況です。にもかかわらず、「承継はまだ先の話」と考えているクリニック経営者も多いのではないでしょうか。そこで今回、院長が突然不在となってしまったクリニックの事例を紹介します。事例を通して、医療機関における承継リスクとその備えの重要性をみていきましょう。
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院長の急逝でクリニックが“大パニック”に
地方都市にある内科クリニックXは、20年以上の診療実績を誇り、患者数も地域内でトップクラスでした。そんなXを長年支えてきたワンマン院長A氏が、ある日急病により逝去。これを機に、Xは一気に機能不全に陥ったのです。
まずは給与の問題でした。銀行口座が院長個人名義のままで、スタッフに給与を支払うことができません。また、医療機器のリース契約や薬剤の納入契約も院長しか詳細を把握しておらず、契約内容が不明。さらに、建物の賃貸借契約も院長個人によるものであったため、相続人の承諾が必要になりました。
診療方針や患者対応のルールにいたるまで、そのすべてが「院長の頭の中」にしかなく、ほかのスタッフは判断できません。数週間で診療は停止され、患者は他院へ流出。スタッフも将来を不安視して離職し、Xは半年後に閉院を余儀なくされました。
その結果、地域の患者は行き場を失い、スタッフの生活も一変し、地域は大パニックに。Xの突然の閉鎖によって、「地域医療の空白」が生じる事態となったのです。
「承継」意識の欠如が招く“深刻な影響”
急逝などにより院長が突然不在になった場合、影響は「医師がいない」という単純な問題にとどまりません。
残されたスタッフへの影響
院長が不在となると、残されたスタッフに対して不安感を与えるだけでなく、給与の未払いや雇用契約の処理など、実務的な問題が発生する可能性が高いです。これらは、迅速に対応しなければ、労働トラブルへ発展するリスクをはらんでいます。
患者・地域への影響
また、情報共有や治療方針の引き継ぎが不十分であった場合、通院中の患者が適切な治療を受けられません。このような状態が続けば、地域全体の医療提供体制のクオリティが低下してしまいます。
事業承継の難航
さらに、治療方針や運営方針が明確でない場合、たとえ承継者がいたとしても、スムーズな引き継ぎは困難です。急な方針転換はスタッフの離職や患者の流出を招き、医療体制の崩壊のみならず、事業運営そのものが不可能になる恐れもあります。
「承継」を意識した準備がなければ、クリニックは院長の死去とともに消滅してしまうことになるのです。
悲劇を生まないための「事前準備」
では、院長の不在という“緊急事態”にクリニックを守るには、どのような準備をしておけばいいのでしょうか。ここからは、弁護士の視点から、実務的に役立つ具体策を紹介します。
1.契約・財務情報の「見える化」と法人化
まず重要なのは、クリニック内の契約や財務といった情報を「見える化」することです。
小規模なクリニックでは、いまだに銀行口座やリース契約、建物賃貸借契約などが「院長個人名義」で進められているケースが散見されます。実際、2022年度厚生労働省の調査によると、法人化している病院は69.4%、一般診療所は43.7%にとどまっていました。これはリスクの温床です。
医療法人化によって、契約主体を「法人」に一本化することで、院長が不在でも業務の継続が可能になります。少なくとも、契約書・請求書・入出金管理を一覧化し、どの契約が誰の名義で、いつ更新かを明示しておくことが重要です。
法人化は、税務上のメリットだけでなく「クリニックを存続させる仕組み」をつくる第一歩となります。法人化することだけが絶対の正解ではありませんが、「見える化」の有効な手段であることは間違いありません。
2.診療方針・運営ルールの共有とマニュアル化
また、法人化されていたとしても、院長不在によって診療が行き詰まるケースも多く存在します。
承継がうまくいかない典型例は「診療方針が院長の頭の中にしかない」ケースです。ここでも「見える化」がカギとなります。
たとえば、「どの患者にどの治療を優先するか」「検査や投薬の基準をどう考えるか」など、日々の判断基準が明文化されていなければ、後任医師がスムーズに診療を継続することは困難でしょう。
こうしたトラブルを防ぐためには、次のような事前準備が有効です。
・診療プロトコルの文書化:標準的な診療ルールをスタッフと共有する
・運営ルールの整備:休診日の決め方、勤務シフトの管理方法、患者クレーム対応の方針などをマニュアル化する
・運営ルールの整備:休診日の決め方、勤務シフトの管理方法、患者クレーム対応の方針などをマニュアル化する
これにより、後継者や代理医師が着任しても「院長の不在で突然やり方が変わった」という混乱を防ぐことができます。
後継者も“早めの検討”がポイント
3.後継者候補の検討と承継シナリオの準備
「後継者は自分が辞める前に考えればいい」と思っている院長は少なくありません。しかし、不測の事態に備えて、あらかじめ「承継シナリオ」を描いておくことが重要です。
具体的には、下記のような承継パターンがあります。パターンごとにシナリオを考えておくことで、突然の不在時にも「誰に任せるか」という見通しを立てやすくなるでしょう。
家族内承継:子どもが医師である場合は、必要な資格や経験を積ませ、段階的にクリニック経営に関与させておく
院内承継:副院長や勤務医に権限を少しずつ移譲する
第三者承継:医療法人同士の合併やM&Aを視野に入れ、候補先をリストアップしておく
院内承継:副院長や勤務医に権限を少しずつ移譲する
第三者承継:医療法人同士の合併やM&Aを視野に入れ、候補先をリストアップしておく
4.外部の専門家を巻き込んだガバナンス強化
クリニック運営においては、院長が1人ですべてを抱え込む体制が最大のリスクです。したがって、院長はあくまで「医療部門の責任者」としての立場を意識し、組織の内外にいるパートナーと協働して事業を行う姿勢が重要です。
特に承継対策においては、法律・税務・労務などの専門家を定期的に関与させることが効果的です。
具体的には、それぞれ下記のように連携をとるとよいでしょう。
・弁護士:契約・労務管理・相続発生時の法的手続きの整備
・税理士:相続税・事業承継税制の活用、財務状況の見える化
・社労士:スタッフの雇用契約や労働条件の整備
・医療コンサルタント:地域医療ニーズや経営戦略の助言
・税理士:相続税・事業承継税制の活用、財務状況の見える化
・社労士:スタッフの雇用契約や労働条件の整備
・医療コンサルタント:地域医療ニーズや経営戦略の助言
こうした専門家を顧問として関与させることで、院長不在時にも組織としてクリニックを回す「セーフティネット」を張ることができます。
「院長の不在」は、いつ・誰にでも起こりうる
院長の突然の不在は、誰にでも起こりうるリスクです。備えがなければ、スタッフの雇用も、患者の治療も、地域の医療体制も一瞬で崩壊します。
・法人化によって契約・財務を「見える化」する
・診療方針や運営ルールを文書化・共有する
・後継者シナリオを早めに検討する
・外部専門家を巻き込み、ガバナンスを強化する
・診療方針や運営ルールを文書化・共有する
・後継者シナリオを早めに検討する
・外部専門家を巻き込み、ガバナンスを強化する
これらはすべて、いますぐ取り組める現実的な対策です。
院長自身と家族の安心のために、そして患者・スタッフ・地域医療を守るために、「承継」を前提とした経営の意識転換を、今日から始めることをおすすめします。
- 著者:
寺田 健郎
弁護士法人山村法律事務所 弁護士
- 提供:
- © Medical LIVES / シャープファイナンス
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