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M&Aの勝敗…「適正価格で買われるクリニック」と「安値で買い叩かれるクリニック」の違い

※画像はイメージです/PIXTA
院長が高齢化し、医療業界においても「後継者不足問題」が深刻化しています。後継者が不在の場合、従来は廃業が一般的でした。しかし近年、新たな出口戦略として注目されているのがM&Aです。こうしたなか、M&Aで自院を譲渡するにあたり、適正価格で譲り渡すには「欠かせないポイント」があるようです。それはいったいなんなのか、詳しくみていきましょう。グロースリンク税理士法人の税理士・医療経営コンサルタントである野田智成氏が解説します。
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休廃業・解散件数“過去最多”だが…増加する「M&A」
帝国データバンクの「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」によると、2024年の医療機関(病院、診療所、歯科医院)の倒産は64件、休廃業・解散は722件となり、それぞれ過去最多を更新しました。
このように、医療機関の休廃業や解散が増えている一方、「M&A」で第三者にクリニックを譲渡するケースも増えています。企業の事業承継でM&Aが活発化しているのと同様に、医療業界でも承継の手法としてM&Aが認知されるようになってきているのです。
また昨今、多職種連携をはじめとした「チーム医療」が重視されるようになったことで、せっかくつくりあげた組織を解散するのではなく、誰かに継いでほしいと願う経営者が増えていることも背景にあると考えられます。
そんな「クリニックのM&A」において買い手となるのは、開業を検討している勤務医などです。
近年は諸物価の高騰を受けて開業の初期投資にかかる費用も急上昇し、開業のハードルが上がっています。こうしたなか、できるだけ低コスト・低リスクで開業する選択肢のひとつとして、M&Aによる承継開業が注目を集めているわけです。
“売り手有利”で交渉を進めるために不可欠なもの
自院を譲渡する際、できるだけ自分が望む価格で売却するためには、買い手側の立場に立って考えることが大切です。
つまり、買い手にとってどれだけ魅力的に映るかが、非常に重要なポイントとなります。
魅力があればあるほど買い手の数も増えますし、それだけ売り手の価格交渉力が強まります。逆にいうと、クリニックの魅力がなければ買い手に有利な交渉展開になるということです。
では、買い手にとって魅力のあるクリニックとは、どんなクリニックなのでしょうか。さまざまな観点があると思いますが、もっとも魅力に感じるのは質の高い医療と、高水準で安定した患者数です。
承継開業を考えている医師は、ゼロから患者を集めるのではなく、ある程度の患者をそのまま引き継げることを期待しています。患者数が安定しているということは、患者満足度が高い証です。
患者満足度を上げるためには、院長自身の診療技術はもちろんのこと、看護師をはじめとするコメディカルスタッフの協力が欠かせません。
つまり、魅力的なクリニックとは「ヒト・モノ・カネ」という一般にいわれる経営リソースがきちんと整い、経営が良好なクリニックということになります。
◆「ヒト・モノ・カネ」が揃ったクリニックとは?
まず「ヒト」とは、優秀なスタッフが定着し、多職種連携がしっかりとれていること。
スタッフの定着率が悪く、院内の雰囲気もいまひとつよくないとなれば、買い手側はスタッフを再教育しなければなりませんし、むしろ全スタッフを入れ替えてイチから教育したほうがいいと考えるかもしれません。当然、それは価格交渉において不利に働きます。
具体的には、教育制度や福利厚生を充実させ、スタッフが働きやすい環境をつくることが大切です。これにより、自院に対するエンゲージメントも高まります。
次に「モノ」とは、クリニックの建物や医療機器のこと。建物が老朽化していたり、内外観のデザインが個性的すぎたりするクリニックは、どうしても敬遠されやすくなります。
医療機器も、院長はまだ十分に使えると思っていても、買い手側の若い世代は最新の機器がほしいと考えているかもしれません。そうすると、旧型の医療機器には価値がなくなります。
最後に「カネ」とは、財務体質を指します。医療の質をきちんと担保しながら、人件費や材料費を最適化するほか、業務の効率化を図るなどして黒字経営を維持し、財務が安定していることが大切です。
経営が下り坂では交渉が不利に…譲渡の「タイミング」も重要
売り手有利なM&Aを実現させるうえでは、もう1つ重要なことがあります。それは、クリニックを譲渡する「タイミング」です。
買い手からすれば、患者数が多く、経営も軌道に乗っている「パフォーマンスがもっとも高い状態」での譲渡が理想です。
ただ、経営が最高潮のときというのは、院長やスタッフも活力にあふれ精力的に働いているでしょうから、譲渡は考えにくいかもしれません。
とはいえ、院長も年齢とともにパフォーマンスは少しずつ低下していきます。するとこれに比例して、買い手から見たクリニックの魅力度も下がっていくというわけです。
ですから、クリニックのピーク時というのは現実的に難しいにしても、下り坂に入ってきた早い段階で譲渡することを検討し、なるべく早期に売却するのが賢明でしょう。 “開店休業”のような状態になってからでは遅すぎます。
クリニック経営者のなかには、40~50代から出口戦略として譲渡を検討し始める院長も少なくありません。将来のリタイアを見据えて、自院のパフォーマンスを高水準に維持しながら譲渡先を探しはじめる……最近はそういう院長が増えている印象を受けます。
60代に入り、体の衰えを感じてからはじめて承継を検討するというのでは、残念ながら適正価格での譲渡は望みにくくなるでしょう。
開業医の先生は元気な人が多いため、70~80代で臨床現場に立ち続けている院長も珍しくありません。親族や所属の医師などが継承するのであればそれでもいいのですが、第三者への譲渡を考えるならば遅すぎます。
繰り返しになりますが、クリニックを適正価格で譲渡するために重要なことは、買い手から見て自院が魅力的に見えるかどうかです。
将来的にM&Aを考えているクリニックは、改めて自院の姿を第三者の視点で俯瞰しましょう。そして、自院の強みや魅力がどこにあるのかを再確認し、ヒト・モノ・カネを含めて経営を強化していくことが大切です。
結果として、それが患者満足度の向上につながり、買い手から見た魅力度アップにもつながります。
売り手有利なM&Aを実現させるために取り組むべき「4つ」のポイント
・診療内容を含めた「医療の質」の向上
・患者満足度の向上
・経営資源(ヒト・モノ・カネ)の充実
※特に「ヒト」に関しては、スタッフ採用や教育、福利厚生など、働きやすい環境整備に取り組む
・譲渡時期を含めた出口戦略を立てる
- 著者:
野田 智成
グロースリンク税理士法人 税理士/医療経営コンサルタント
(編集:幻冬舎ゴールドオンライン)
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