近年、顧客がサービスの供給側に対して理不尽なクレームをぶつける「カスタマーハラスメント」が深刻化して…
※画像はイメージです/PIXTA
近年、顧客がサービスの供給側に対して理不尽なクレームをぶつける「カスタマーハラスメント」が深刻化しています。これは医療機関においても同様で、理不尽な患者に頭を悩ませている医療従事者も少なくないでしょう。では、こうした“カスハラ”に対し、クリニックはどのような対策ができるのでしょうか。高座渋谷つばさクリニック院長の武井智昭氏が、実体験をもとに解説します。
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クリニックに求められる「カスハラ」への適切な対応
「カスハラ(カスタマーハラスメント)」という言葉を耳にしたことがありますか? 医療機関(クリニック)はときに、患者やその家族からの理不尽なクレーム、暴言を受けることがあります。
近年、こうしたカスハラに疲弊したスタッフが退職してしまうケースも多く、適切な対応を行わずに放置しているとクリニックの運営に多大な影響を与えることもあります。
では、理不尽なクレームに対して、スタッフ・医師はどのような対応をすべきなのでしょうか。
健診結果が取り違っている!…園長からのクレームに感じた“違和感”
筆者が院長として管理・運営しているクリニックは、地域連携の観点から近隣の保育園や介護施設、福祉施設などの健康診断を行っていました。検査結果の書面については、1人のチェックではミスの原因となるため、必ず複数人のチェックを行ったうえで各施設にまとめて郵送していました。
とある保育園Zの職員15名の健康診断を終え、検査結果を納品して1ヵ月ほど経過したある日のことです。Zの園長から、当院スタッフに対して連絡が入りました。
「スタッフのAさんの封筒に、別のスタッフBさんの結果が間違えて入っており、Aさんがその結果を見て落ち込んで欠勤するようになった。責任をとってほしい」。
明らかに怒っている様子です。
当院では検査結果と封筒について厳重にチェックしていたため、
「結果を入れ違える可能性は低いと考えます。もし本当であれば、証拠をお持ちいただけますか?」
と冷静に伝えました。
すると、わずか数十分後、園長が異様な雰囲気でクリニックに駆け込んできました。そして開口一番、待合室に他の患者がいるにも関わらず、次のように声を荒げます。
「あなたたち何様なの!? うちのスタッフを混乱させて、園の運営をめちゃくちゃにした。損害賠償金を払ってもらいますから!」
明らかに脅迫と思える口調で怒鳴っています。
しばらく受付スタッフが平身低頭に話を聞いていましたが、らちがあかないため、医療事務のリーダーに交代。しかし、
「このミスのせいで、うちの園が監査対象になった。どうしてくれるの!」
とヒステリーは止まらず、罵声が続くばかりです。
診療に多大な影響を生じかねないとこの様子を見かねた筆者は、まずは園長の怒りをクールダウンさせるためやむなく診療を中止し、別室へご案内しました。
見ると園長は“証拠”として、スタッフAさんの封筒とBさんの検査結果、そしてなぜか1,000円札を3枚握りしめています。筆者は園長が尋常な精神状態ではないことを直感で感じとり、違和感を覚えるとともに、「捏造」と「カスハラ」の可能性があると推察しました。
そして、園長には冷静に、
「どのようなことで業務に支障が出たのでしょうか。詳しく教えてください」
とお伝えしました。
「捏造」と「カスハラ」の疑念が確信に変わった瞬間
筆者の問いに対し、Aさんはまくしたてる様子で経緯を話します。しかし、そのあいだに園長持参の“証拠”をよく確認すると、Bさんの検査結果の「紙質」が当院で用意している物と明らかに違うことがわかりました。
「これは偽物だな……」
筆者の疑念が確信に変わった瞬間でした。
当院では、不測の事態に備えて検査結果の控えをストックしています。そこで、タイミングを見計らって紙質と捺印箇所の違いを指摘すると、
「……なるほどね、もともと紙を変えて提出していたってことね。うちへの扱いはわら半紙程度なんだ!」
と悪あがきしている様子です。
そこで、筆者が冷静に
「では、監査対象になったということですが、この件はどのように指摘されたのですか? 監査で行政処分や返還金はありましたか?」
と尋ねると、観念したように園長は肩を落とし、監査はまだ行われていないことを白状しました。
そして最後には涙ぐんで、
「自分が検査結果をなくしてしまって……、それをバレないようにごまかしたかった」
と言いました。
検査結果は、コンビニでカラーコピーをし、偽物を用意したようです。
この一連の“自作自演劇”に、クリニックのスタッフも怒り心頭。私は今回のトラブルを解決するため、会話の記録をそのままの表現で、保育園を管轄する本部に内容証明郵便で送り、後日電話して判断を仰ぐことにしました。
数日後、園を管轄する本部長から連絡があり、直接謝罪したいと来院されました。しかし、直接の謝罪だけではスタッフも納得しません。当該の保育園は嘱託医契約を解除するか、和解金対応をするか迫られることとなりました。
理不尽な「カスハラ」への3つの備え
厚生労働省は令和4(2022)年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(※)」を作成しており、「企業や業界により、カスタマーハラスメントを明確に定義することはできない」としたうえで、下記のようなものがカスタマーハラスメントであるとしています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」
(※)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」
クリニックにおけるカスハラの内容は、今回のような理不尽なクレームから、暴言、セクハラ・強迫にいたるまで多岐にわたります。ときには特定のスタッフをターゲットに、ストーカーのようにつきまとわれる事例もあります。
こうしたカスハラに対しては、決してスタッフ1人で対応せず、院長を中心に複数人で連携して毅然と立ち向かう姿勢を貫きましょう。考えられる具体的な対策は下記の3つです。
1.他のスタッフや患者が見えるところで対応をする
テーブルやカウンター越しなどで、顧客と距離を保つことも重要です。
2.相手の怒りのエネルギーが切れるまで、クールダウンに努める
正論ばかり述べても、相手の怒りが収まらないうちは聞く耳を持ってもらえず、思わぬ火種となってしまいます。まずはクールダウンに努め、そのなかで相手の矛盾点をメモに残しておくとよいでしょう。
3.対応するスタッフを替える
対応するスタッフを替えることは、相手の無理な要求や態度が軟化する傾向があるため効果的です。
院長・事務長などのリーダーは、こうしたカスハラが疑われる事態からスタッフを守ることで、スタッフの士気を保ち、質の高い医療を提供し続けることにつながります。
こうしたカスハラは突然生じることから、ミーティングなどであらかじめ対策を検討・討議しておくことを推奨します。
- 著者:
武井 智昭/高座渋谷つばさクリニック 院長(編集:株式会社幻冬舎ゴールドオンライン)
小児科医・内科医・アレルギー科医。2002年、慶応義塾大学医学部卒業。
多くの病院・クリニックで小児科医・内科としての経験を積み、現在は高座渋谷つばさクリニック院長を務める。
- 提供:
- © Medical LIVES / シャープファイナンス
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