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政府は「オンライン診療」の推進を強く望むが…医療業界が“デジタル化”を受け入れない理由【医師の見解】

政府は「オンライン診療」の推進を強く望むが…医療業界が“デジタル化”を受け入れない理由【医師の見解】

※画像はイメージです/PIXTA

経済産業省は、テクノロジーを活用した医療の展開、特にオンライン診療の推進を強く望んでいます。ただ、コロナ禍で一部導入が進んだものの、普及には程遠いのが現状です。国が推し進める「オンライン診療」「AI診断」など“医療のデジタル化”について、なぜ日本の医療業界に受け入れられないのか。医療法人梅華会理事長の梅岡比俊医師が解説します。

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クリニックの“デジタル化”を阻む壁

今年6月から始まった診療報酬改定。これにより各診療項目の点数が細かく調整されることとなりました。もっとも、開業医にとってそこまで大きな変化はありません。たとえば、初診料が若干引き上げられたものの数点のレベルに留まっており、日常の診療活動における影響は限定的であるといえます。

全体で「0.88%」の点数引き上げと発表されていますが、この改定がすべての診療行為に均等に適用されるわけではなく、特定の診療項目に対してのみ重点的に調整が行われます。

日常的に利用される診療項目の点数は下がる一方、比較的請求件数の少ない特定の処置や手術に関する点数は引き上げられる予定です。

期待されていた「オンライン診療」にも大きな変化なし

こうしたなか、新型コロナウイルスの流行をきっかけに一般的となった「オンライン診療」の点数については、多くの開業医や医療従事者から見直しが期待されていたなか、今回の診療報酬改定で大きな変化は見られませんでした。

この背景には、日本医師会がオンライン診療よりも従来の対面診療を高く評価しているという一面があります。保険点数の現状を詳細にみると、依然として対面診療が重視される傾向にあることが明らかです。こうしたことから、オンライン診療への完全な移行は「まだまだ遠い未来の話だ」と感じている人も多いのではないでしょうか。

一方、経済産業省はテクノロジーを活用した医療の展開、特にオンライン診療の推進を強く望んでおり、日本医師会との“綱引き”状態にあります。

オンライン診療の発展と普及に向けては、さらなる政策的支援とともに、医療界内の認識の変化が必要といえます。

「AI診断技術」は評価されなさすぎ?

AI診断技術についても、医療界で“評価されなさすぎている”という懸念があります。

特にインフルエンザの診断支援として用いられているAIシステムには、診療報酬点数が300点と設定されました。この点数設定は、現時点でのAIの精度や導入に必要なコストを鑑みると、筆者としては大きな疑問が残ります。

多くの医療機関で、すでに電子カルテをはじめとしたAI技術が導入され始めているものの、医療報酬に加算されない限りは病院側のみにコストがかかり、積極的な導入にはなかなか踏み切れないでしょう。

通常、新技術は開発元から大手企業へ、そこから中小企業へと普及し、最終的には行政に受け入れられるまでには10年~20年の年月がかかるといわれていることから、これら最先端の技術が広く行政レベルで認められるまでには、なお長い時間が必要なのかもしれません。

「診療報酬改定」を阻む「少子高齢化」とインフレの壁

国内の少子高齢化問題は年々深刻化しており、寝たきりの人や、認知症患者の数も増加傾向にあります。また、国内の社会保障費は増加する一方です。

こうした状況のなかで、社会保障費である診療報酬のさらなる向上が見込めるかといえば、それは極めて難しいでしょう。

かつてのデフレ時代では、診療報酬点数が安定した収入源となっていましたが、経済がインフレ傾向にある現在では、他の産業と同様に賃金が上昇するなかで、診療報酬は実質低下してしまう可能性があります。

開業医をはじめ、医療を提供する者がこうした状況で生き残るためには、従来の保険診療に加え、自費診療やその他の新たな収入源を積極的に模索し、実行に移す必要があるかもしれません。

オンライン診療、AI診断については、今後の医療業界において大きな役割を担うことが予想されるものの、先述のように、普及には長い時間がかかりそうです。

したがって、こうした新技術の発展や普及についても、積極的に進めるためには常に最新の医療情報を取り入れながら、現場にどう還元できるか戦略を立てる必要があります。また、これらの技術を適切に導入し運用するためには、技術的な理解だけでなく、患者さんとのコミュニケーションや対話のスキルも同時に向上させておく必要があるでしょう。

これが、開業医としてのブランディングにも繋がり、地域社会や医療業界内での信頼と評価を高めることにも寄与するはずです。

<参考>京都新聞「社説:医療の報酬改定 安心見えぬ患者負担増」
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1209421

著者:
梅岡 比俊(うめおか ひとし)
【医療法人梅華会 理事長】開業医コミュニティ「M.A.F」主宰
兵庫県芦屋市出身。奈良県立医科大学を卒業後、勤務医を経て2008年に兵庫県西宮市に梅岡耳鼻咽喉科クリニックを開設。2011年に医療法人社団梅華会を設立。現在、阪神地区に耳鼻姻喉科4院、小児科2院、東京都内に消化器内科のグループ医院を経営する。2016年に開業医がよりよいクリニック運営を行うための学びの場として、「M.A.F(医療活性化連盟)」を発足。

(編集:株式会社幻冬舎ゴールドオンライン)
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

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