少子高齢化の日本では、あらゆる業界で「後継者不足」が深刻化しています。これは医療業界も例外ではありま…

©詩石灯・新井隆広/小学館
医療マンガのなかでも「手外科」という専門性の高い領域を正面から描いた『テノゲカ』。2023年の連載開始直後から医師向けメディアでも紹介され、少年誌としては異色の症例描写のリアリティが注目を浴びました。そして今年2025年6月、全10巻で完結。少年誌読者でも読み進めやすい王道の天才外科医譚と思いきや、医療に関わる人生ならどこかで自身と繋がるようなストーリーが展開されます。完結編までのあらすじと共に見どころを紹介します。
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そのとき、自分の「手」で何を救うのか
第一巻の冒頭は、事故で右腕を失った患者に対する再接着手術から始まります。主人公の手塚一心の手技の高度さや術例の難易度は、後輩の楠が前立ち(第一助手)の視点から驚きと感想で詳細を伝える進行で、自然に描写されていきます。
若さに見合わぬ落ち着きと技術で、手術中の一心は圧倒的な信頼と神業の天才外科医のように見えます。しかし彼の日常は体力トレーニングを欠かさず、帰宅後も手術動画を食い入るように見て学び続ける努力の人です。
なぜそこまでの努力を続けるのか。それは物語の前半にもところどころに差しはさまれる彼の幼少期の体験と、今も彼を縛る悲劇を動機としていることが読み取れます。
5巻までは、症例中心の医療現場での出来事が描かれ、医師であればつい読み進めたくなるテンポで進みます。その中で、繰り返し描かれるのは「医術は、患者の創傷や病を診ると共に、傷や病で損なわれた個々人の人生を診る」とでもいうことです。
2巻に収録された逸話で、ピアニストの女性が「左環指の不全切断」の状態で搬送されます。指先の繊細な感覚が損なわれてはいけない、そして付き添いの男性は彼女へのプロポーズを控え指輪を準備していた……それを知ったうえで手術に向かった一心は「最善の一手」を尽くします。

ピアニストである患者の婚約者に、一心の手術を説明する後輩の楠。一心本人はどんなに厳しい手術の後も学びと鍛錬を怠らない(第2話・第8話より引用 ©詩石灯・新井隆広/小学館)
5巻後半~、フランスの医療、そして時代は戻り日仏それぞれの医療教育と青春篇へ
手塚一心は、正式には日本の病院での医師ではなく、フランスはアルザスの病院の所属でありここまでの舞台である王嵐堂病院ではフェローとして執刀にあたってきたのです。ここで、フランスから恩師Dr.モローが来日し、フランスへ戻るよう説得をする……が、その夜、モローの病院に著名な料理人が事故で「右環指の不全切断、そして左腕神経叢引き抜き損傷」の重体で搬送され、他地域に搬送しなおす時間はないという切迫した状況が訪れます。
一計を案じたモローはフランス大使館に手術支援ロボットを揃え、一心を招聘。そこから、9,000㎞離れた遠隔手術を行います。日本国内ではロボット手術適用に制限があるが、大使館内なら国外……という仕掛けで、欧州でロボット手術の経験も積んできた一心は手術を成功させます。
この現場で使われた「ASHURA」は国産の手術支援ロボット「HINOTORI」を思わせます。こういった経験を存分に生かせる帰国の誘いにも、一心は「NON」を返しました。
この話には物語前半(1巻末)から登場していた、同じく天才的な技術を持つ先輩医師、明智紋次郎が対照的な存在として存在感をもっています。義理や人情といった熱い思いを抱え、一心をライバル視する紋次郎の生い立ちや考えも彼を日本に引き留めている理由のひとつでありました。
この先、6巻からは紋次郎が日本で、そして一心がフランスで医師を目指すその過程と日仏の医療教育の違い、それぞれの青春の中での重要な出会いが描かれます。

ストラスブールと東京をつなぐロボットの手術、メディカルエンジニアの存在や手術の様子や意義を伝える(第39話より引用 ©詩石灯・新井隆広/小学館)
戦場での医療支援も、町医者としても最前線で生きる。「テノゲカ」の戦場とは
9巻以降、舞台はさらに広がり、一心と紋次郎それぞれの道が交錯しながら進んでいきます。手塚はフランスで出会った戦友ジャン=ジャックとともに、戦地医療の現場へ。爆撃や銃撃が日常のように繰り返される中で、限られた設備で命をつなぎとめる過酷な現実に向き合います。
しかしその中でジャン=ジャックは「危険な戦場で受けた傷と、平和な街の事故で受けた傷で患者の痛みに違いはあるのか?」と問いかけ、それはこの物語の完結編に向かって再び大きな意味を持ちます。
医師を志すきっかけは人それぞれでも、目の前に対峙する患者こそが自身の助けるべき人であり、そこが最前線です。また平和なこの国でも重篤な事故や、準備や経験を超えた現場は唐突に訪れます。戦地医療は遠い世界の話ではなく、医師としての「その手で何を救えるか」という医療に携わる人間すべてへの問いかもしれません。
そして最終巻となる10巻では、一心と紋次郎がそれぞれの選択を経て、医師としての「覚悟」と「未来」へと進んでいきます。一心の選んだ未来は……その中で登場する、ある人物はフィクションですが、その背景には1965年に世界で初めて切断母指再接着に成功した玉井進医師の存在があるのかも、しれません。
そして天才譚として始まった物語は、医師も患者も全ての人間の痛みや希望を支える「医療という行為が癒し・その手が繋ぐもの」へと向かっていくようです。

少年誌らしいデフォルメも、専門性の高い症例や手技の描写と対になり読み進める軽さとして効いている。©詩石灯・新井隆広/小学館
書誌情報
- 提供:
- © Medical LIVES / シャープファイナンス
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