仕事に生きる Live in Work

俺についてこい!…念願のクリニック開業で“やる気マンマン”31歳の新米院長が犯した「大失態」と「その顛末」

俺についてこい!…念願のクリニック開業で“やる気マンマン”31歳の新米院長が犯した「大失態」と「その顛末」

※画像はイメージです/PIXTA

クリニックの経営で大切なことは、経営理念の明確化や集患方法の工夫、財務管理など、挙げればきりがありません。しかしそのなかでも「自分は大丈夫」と過信しがちな“思わぬ落とし穴”があります。それは開業した医師の“人柄”です。いったいどういうことなのか、現役医師が、クリニック経営のなかで見聞きした“リアルな実態”を暴露します。みていきましょう。

▶「MedicalLIVES」メルマガ会員登録はこちらから
日々の診療に役立つコラム記事や、新着のクリニック開業物件情報・事業承継情報など、定期配信する医療機関向けメールマガジンです。

駅前2階の好立地…思いの詰まった「小児科」を開業させた31歳医師

春の陽光が優しく降り注ぐ、東京郊外のテナント。駅前の2階という好立地に、真新しい看板を掲げた小児科クリニック「ひだまりこどもクリニック(仮称)」はある。
院長のXにとってそこは、それまでの7年の想いが詰まった宝物のような場所だ。

専門医資格取得までの7年間、Xは大学病院や派遣で出向した地域基幹病院で、寝る間も惜しんで子どもたちの命と向き合ってきた。連日のオンコール・当直勤務という激務に、Xは心身ともに疲弊していた。
もっと1人ひとりの子どもとじっくり向き合いたい。自分の理想の診療を、自分のペースで
その思いが、開業という新たな道へXを突き動かした。

コンサルタントが見つけてくれた、最高のロケーション

開業準備はXにとって初めての連続だった。そこで、開業医の先輩医師Yの勧めで医療開業専門のコンサルタント会社を頼り、開業届の提出から物件探し、資金調達、医療機器の選定、スタッフの募集にいたるまで、担当コンサルタントとともに準備を進めた。

段取りは手際よく進んだが、特にXが満足したのは、コンサルタントが見つけてきた候補物件だ。最寄り駅から徒歩わずか1分で大通りに面しており、誰が見てもすぐにわかる絶好のロケーション。
多少開業資金はかさんだものの、Xは「この立地と視認性なら、患者さんもすぐに来てくれるだろう」と期待に胸を膨らませた。

そして、あっというまに4月になり、開業日を迎える。真新しい白衣に身を包んだXは、受付で緊張した面持ちで待つ親子の姿を見て、込み上げてくる喜びを抑えきれなかった。

予想どおり、クリニックは近隣から注目をされ連日多くの親子が訪れた。予防接種、乳児検診、風邪や胃腸炎の診察、食物アレルギー・気管支喘息・花粉症の舌下免疫治療、夜尿症の相談……Xは、自分のペースで丁寧に子どもたちと向き合う “理想の診療”をスタートさせた。スタッフと患者の笑顔、クリニックは活気に満ち溢れていた。
ついに、理想の小児科が開業できた
Xは、これからの成功を確信していた。

3ヵ月後、まさかの患者減…コンサルの「助言」を生かすも効果なし

しかし、開業から3ヵ月後、Xの表情は徐々に曇り始める。あれほど賑わっていたクリニックの待合室が、日に日に閑散としていくのだ。
「なぜだ? 最初はあんなに順調だったのに!」

焦燥感が心を蝕み、Xは藁にも縋る思いで、コンサルタントに再び連絡を取った。すると担当者は、余裕の声色で次のように言った。
先生、ご心配にはおよびません。ここはひとつ、広告を強化しましょう。チラシのポスティングや駅前に大きな看板を立てるのもいいですし、インターネット広告やSNSでの情報拡散も効果的です。
また、地元住民を対象とした講演会をやるのはいかがでしょう? クリニックの魅力や先生のお人柄が伝わり、集患につながりますよ。立地は抜群ですから、認知度が高まれば、また患者が集まってくるはずです」

Xは、言われるがまま広告費の予算を増やし、施策を実行した。ホームページを刷新し、駅前の目立つ場所に大きな看板を設置し、小児疾患の解説動画を作成して各種SNSで拡散した。駅近のホールを借り、講演会も実施した。
だが、期待とは裏腹に、患者数の減少に歯止めがかからなかった。広告費だけがかさみ、クリニック経営は悪化の一途を辿る

実は、担当コンサルタントはこのクリニック特有の問題点を知らなかったのだ。
そして「集患に困る=広告」と安易な解決策しか提示できず結果の出ない日々、Xの焦りはますます募っていった。

立地でも、広告量でもない…患者数が減った「本当の原因」

患者数が激減した本当の原因は、クリニックの立地でも、広告量でもなく、クリニックの「雰囲気」と「医師・スタッフの接遇」にあった。これらはコンサルタントの目に見えないところで、患者の足取りを大きく左右する。

院長のXは、小児の診察・処置・検査などに関して要求水準が非常に高く、些細なことでもすぐに声を荒げ、スタッフや医師を激しく叱責する人物だった
「なんでこんな簡単なこともできないんだ!」
「何度言ったらわかるんだ!」
こうしたXの怒号は患者の耳にも届いており、否応なしに子どもたちの不安を煽った。

さらに、Xは怒ったあとも、相手を気遣うような言葉をかけることは決してなかった。ただ若気の至りのごとく感情的に怒りを爆発させ、フォローは一切なかった。
その結果、クリニックの雰囲気は殺伐とする。スタッフ間の会話は少なく、笑顔はほとんど見られない。X自身の子どもたちへの対応も事務的で、小児科にあるべき家庭的な温かさ・優しさに欠けていた。
患者である子どもと母親たちは、診療を終えると不安そうな表情を浮かべ、再受診につながることはなかった。

早く黙らせろ!…院長が犯した「やってはいけないミス」

こうしたなか、開業して4ヵ月目の雨の日、焦燥感からの苛立ちかXはついに馬脚を露わした
「泣き声がうるさすぎる! 診療の邪魔だ、早く黙らせろ!」
シーンとした待合室でぐずる子どもと、それをなだめる母親に向かって、大声で怒鳴りつけてしまったのだ。
その場にいた子どもたちは恐怖で泣き出し大混乱。スタッフのフォローも追いつかず、母親は蒼白い顔をしてXを睨みつけた。
「こんなところにはもう2度と来ません!」
怒りに震える母親はそう言い捨て、子どもを抱き上げてクリニックを後にした。

「ひだまりこどもクリニック」の診療圏内には、他にも3つの小児科クリニックがある。1度失った信頼は、2度と取り戻せない。

“口コミ”の影響力は絶大…患者もスタッフも失い、最悪の結末へ

小児科の主な顧客層は、小さな子どもを持つ母親である。インターネットやSNSなどのオンラインの口コミももちろん荒れたが、彼女たちのあいだで広がる“オフラインの口コミ”の影響力は絶大だ。
いい噂は集患につながるが、悪い噂は瞬く間に患者の足を遠のかせる。「先生が怖い」「スタッフが冷たい」「雰囲気が暗い」……クリニックの悪評は、たちまちママ友のあいだで広まった。
また、Xが失ったものは、患者だけにとどまらなかった。

「ワクチンの種類が違う。なんでこんなミスをするんだ!
「処置での子どもの押さえ方がなっていない。君が下手だから、採血がうまくいかないんだ」
「さっき問い合わせもらった患者、なぜ断った。少しくらい時間外でも診てやったらどうだ」

毎日のように患者や同僚の前でXの怒声を浴びる職場環境では、スタッフも心身ともにストレスが蓄積し、スタッフ同士の仲は険悪となり、誰も長く働き続けたいとは思わなくなった。
開業時にXを支えてくれたオープニングスタッフ(看護師・医療事務)は、開業から4ヵ月で次々とクリニックを去っていった

そして、わずか1年足らずで閉業…猛省も“後の祭り”

開業5ヵ月目の夏の終わり。患者もスタッフもいなくなった「ひだまりこどもクリニック」は、もはや開店休業状態に陥っていた。
開業時に借り入れた資金は到底返済できる見込みはなく、運転資金も枯渇した。

そしてその年の初冬、「ひだまりこどもクリニック」は静かにその看板を下ろし、Xは多額の借金を抱えたまま、自己破産という形で開業医の幕を閉じた
駅前の好立地というアドバンテージも、熱意だけではどうにもならない。スタッフも患者も大事にせず、時代錯誤のクリニックを作ったX。いまさら猛省しても、後の祭りである。

著者:
編集/幻冬舎ゴールドオンライン
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

記事紹介 more

クリニックの経営で大切なことは、経営理念の明確化や集患方法の工夫、財務管理など、挙げればきりがありま…

人の意思決定を左右する口コミ。手軽に情報を得られることから、多くの人が参考にしているのではないでしょ…

医療マンガのなかでも「手外科」という専門性の高い領域を正面から描いた『テノゲカ』。2023年の連載開…

開業後、事業の収支が安定してきたら節税について考え始める方も多いでしょう。日本の所得税は累進課税をと…

2025年初頭、帝国データバンクおよび東京商工リサーチが発表した2024年の医療機関倒産件数は、過去…

クリニックを開業するうえで、意外と見落としがちな重要項目に「ロゴデザイン」があります。ロゴは院長の想…

院長が高齢化し、医療業界においても「後継者不足問題」が深刻化しています。後継者が不在の場合、従来は廃…

多忙な医師にとって、時間はなによりも貴重な資源です。このため、鉄道の遅延や車移動における交通渋滞のロ…

暦を無視するように続く猛暑。水分補給は欠かせませんが、ペットボトルドリンクの選択肢では糖分、カフェイ…