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開業後の「こんなはずではなかった」を避けるために…クリニック経営の成否を左右する「診療圏調査」の重要性

開業後の「こんなはずではなかった」を避けるために…クリニック経営の成否を左右する「診療圏調査」の重要性

※画像はイメージです/PIXTA

クリニック経営の成否を左右する重要な要素のひとつに「立地」があります。その立地を選ぶうえで欠かせないのが「診療圏調査」です。開業前に必ず行う「診療圏調査」について、どのような点に注意すればよいのでしょうか。グロースリンク税理士法人の税理士・医療経営コンサルタントである野田智成氏が解説します

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「診療圏調査」でもっとも重要なポイント

クリニックの開業には、非常に高額な初期投資が必要です。そのため、開業後に経営が軌道に乗らないからといって、簡単に撤退や移転はできません。だからこそ、開業する「立地」を慎重に見極めることがきわめて重要なのです。

そこで欠かせないのが「診療圏調査」。診療圏調査とは、クリニックを開業する予定地の地域状況を調べ、1日にどの程度の来院患者が見込めるかなどを把握する非常に重要な調査となります。

1.都市型 or 郊外型?
具体的には、まずは診療圏を設定します。地図上に開業候補地をプロットし、その場所を中心に、1次診療圏2次診療圏という具合に同心円を描きます。
たとえば、都心型の駅前の立地であれば、1次診療圏は半径500m程度、徒歩10分内に設定するのが一般的です。2次診療圏は徒歩20分程度、半径1㎞ほどになります。
駅前ではなく郊外型の立地の場合は、患者の車利用が前提となるため、1次診療圏は半径3~5㎞程度に設定します。

2.人口・世帯特性(年代・世帯構成)
診療圏を設定したら、次はそのエリアの人口を調べます。診療圏で最も重要なのは「人口」です。これは国の人口統計を参照します。
人口に加えて、世帯特性も重要です。人口が同程度でも、地域によって年代や世帯の構成は異なります。そのため、高齢者が多いのかファミリー層が多いのかなどによって、そのエリアに適した診療科は違ってくるのです。
具体的には、小児科を開業する場合、ファミリー層が多いエリアのほうが多くの来院患者が見込めます。一方、高齢者の多いエリアに開業すると、集患に苦労する可能性が高くなるでしょう。

3.昼間人口と夜間人口~世代の推移
また、昼間人口と夜間人口の差も確認します。都心部や学校・企業が多いエリアは昼間人口が多く、郊外のベッドタウンなどは夜間人口が多くなります。その違いによって、診療日や診療時間の設定を変える必要がでてくるかもしれません。
さらに、将来的な世代の推移も重要です。開業後は少なくとも10年、長ければ30年程度の運営を想定し、診療圏の人口・世代がどのように変化していくのかを見通しておく必要があるでしょう。

 

自院の「患者見込み数」を割り出す方法

人口調査の次は「受療率」を調べます。受療率とは、人口10万人あたり何人が医療機関を受診したかという数字です。これも国の統計データがあり、疾病ごとに数字が公開されています。
前述した診療圏の人口に受療率を乗算すると、ある疾患の患者が医療機関を受診する人数(推計患者数)を算出することが可能です。

そのうえで、同じ診療圏にあり、かつ標榜科が重なる競合クリニックの数を調べます。仮に競合が9院あったとすると、自院を含めて10クリニックが競い合うということです。
これにより、推計患者数が1日1,000人とした場合、10クリニックで割ると、1クリニック1日100人の患者が見込める計算になります。

ただし、これはあくまで単純な頭割りの計算であり、実態は異なるケースがほとんどでしょう。なぜなら、競合クリニックには、非常に評判がよい人気のクリニックもあれば、普通のクリニック、または院長が高齢で閉院が近い診療所など、集患力に差があるためです。
したがって、個々の競合クリニックの状況を把握しておくことも重要です。なお、競合クリニックの調査には注意点があります。それは、そのクリニックがメインとする標榜科目のほかに、サブで複数の診療科をかかげていることも少なくないという点です。そうした実態も確認しながら、見込み患者数をより現実的な数値へと補正していく必要があります。

「マグネット」と「分断線」が大きなカギに

診療圏調査で私たちがよく使う言葉に「マグネット」「分断線」があります。これはその地域に住む人の生活動線を把握するうえで重要です。
マグネットとは、文字通り磁石のように人を引き寄せるもの。最強のマグネットは「鉄道の駅」です。ほかにも大型商業施設や公共施設などが代表的なマグネットにあたります。
そうしたマグネットが開業場所の近くにあると好立地といえるでしょう。もちろん、マグネットがないからといって、一概に不利な立地というわけではありません。

一方、分断線とは、人の流れをせき止めてしまうもの。代表例は鉄道の線路や河川です。診療圏に線路や河川があると、生活動線が分断されるため非常に不利になります。
特に、診療圏を半径3~5㎞の広い範囲で設定した際、河川の反対側のエリアが大きく含まれる場合は要注意です。河川の反対側は、基本的に別エリアだと考えたほうがよいでしょう。

このように、立地を考えるうえでチェックしておくべきポイントはいくつもあります。だからこそ、診療圏調査の質が極めて重要になるわけです。
診療圏調査の内容が不十分だと、診療圏の設定そのものが間違っていた、分断線をまったく考慮していなかったなど、開業後に「こんなはずではなかった」と後悔することになりかねません。
診療圏調査を行う際には、経験豊富で高い実績のある専門業者に依頼することが大切です。

「診療圏調査」がすべてではない。開業後の経営努力が大切

最後に、もうひとつ大切なポイントがあります。それは、診療圏調査の結果を重視しすぎないということです。これまでの説明と矛盾するように感じるかもしれませんが、診療圏調査というのは単に現状の数字に基づいた予測にすぎません。

開業初年度は、確かに調査結果に近い数字になることもあるでしょう。しかし、診療の質やホスピタリティーを高めて患者満足度が向上すれば、口コミなどを通じて評判が広まり、患者は着実に増えていきます
また、ホームページの充実やSEO対策なども含めた広告や宣伝、マーケティングにも力を入れることで、当初の調査結果とはまた違った結果になるでしょう。
そういった開業後の経営努力によって、診療圏調査で見込んだ患者数を大きく超えていくことは十分に可能です。実際にそうしたクリニックも多くみてきました。

クリニックの経営は中長期にわたります。診療圏調査はひとつの基準ではありますが、それがすべてではありません。開業後、いかに患者満足度を上げて、地域医療に貢献していくのかといった視野の広い視点が重要です。

著者:
野田智成
グロースリンク税理士法人 税理士/医療経営コンサルタント
(編集:株式会社幻冬舎ゴールドオンライン)
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

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