2年間の初期研修(臨床研修)を終えたばかりの若手医師が、そのまま美容医療に流れる「直美」が問題視され…

2年間の初期研修(臨床研修)を終えたばかりの若手医師が、そのまま美容医療に流れる「直美」が問題視されています。医療業界でいったい何が起きているのか、医療法人社団 形星会マイアミ美容外科の丸山直樹院長に、直美の問題点や美容医療界の現状、課題について聞きました。
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直美(ちょくび)の問題…患者が危険にさらされる可能性
丸山院長は形成外科・美容外科専門医として、また美容外科クリニックの経営者として、「直美」について強い危機意識を抱いているといいます。
「率直に言って、『直美』には『弊害』しかないと考えています。第一は患者さんに対してです。
初期研修を終えたばかりの医師は、まだ一人前ではありません。本来はさらに数年間の後期研修を受けて、専門医取得に向けて、医師としての技術、知識、さらには倫理感をより高めるなど、一人前の医師になるための修練を積む期間が必要です。」
強い言葉で断言するその理由として「どんな手術でも、一定の確率で合併症が起きる。失敗もゼロではない」と続けます。
「当院のドクターはみな形成外科専門医で、私はさらに形成外科専門医でないと取れない美容外科専門医でもありますが、それでも手術をすれば何かしらのトラブルは起きる可能性があります。
ましてや初期研修を終えただけの医師の場合、トラブルの発生率が高くなるのは自明です。もちろん、トラブルが起きにくい比較的簡単な手術だけを任せるかもしれません。とはいえ、それでも絶対にゼロにはできません。実際にトラブルが起きた時に、その対処法を知らなければ何もできません。そうなれば患者さんにとって大きな被害が生じます。
クリニックによっては、手術の失敗をした患者さんの治療を行う専門医が在籍しているようですが、それが正しい医療の形だとは私は思えません。手術を行った医師が、責任を持って治療するのが本筋だと思います。
そもそも、合併症をきちんとケアできる技術や知識がない医師が手術をするべきではないと考えています」
若手医師のキャリア形成を棄損し、医師人生が台無しになる懸念も
また丸山院長は「直美」の弊害について、若手医師自身のキャリアも棄損しかねないと警鐘を鳴らします。
「本来であれば、初期研修のあとに後期研修を受けて、専門医として一人前の医師になるはずなのに、『直美』はその機会を奪うことにつながります。
これは美容外科に限りませんが、クリニックというのは教育機関ではないので、現場で丁寧に若い医師を育てるという発想は基本的にありません。
医師ひとりを教育するには大きなコストがかかります。そのため、直美の若手医師には教育しなくてもできるような比較的簡単な施術ばかりをさせるわけです。たとえば、ヒアルロン酸注射だけをひたすら打つとか、二重の埋没法だけを任されるとか。
なかには大して教えられずとも何でもこなせる器用な医師もいます。しかし、たとえば大手美容外科クリニックに大量採用された若手医師たちの中で、能力を発揮でき、芽が出るのは数人いるかどうかという肌感です。残りの人たちは早晩ドロップアウトしていきます。
そしてドロップアウトした医師たちは、適切なキャリア形成ができないまま放り出されることになります。仮に5年間努力した末にドロップアウトした医師でも、その後の就職先を見つけるのは非常に困難でしょう。まともな履歴書が書けないからです。
目先の給料の高さや、SNSにアップされた美容外科医のキラキラした生活にあこがれ、安易に直美を選んだばかりに、本来ならば専門医としてのキャリアを積めていたはずなのに、いつしか後戻りできなくなってしまう。直美は、若い医師の人生を狂わせることになりかねないと私は危惧しています」
実際、丸山院長は直美によって起きた深刻な弊害を目の当たりにしていました。
「私自身、手術中に患者さんを窒息死させてしまった直美の若手医師を知っています。普通の医者なら、気道を確保して場合によっては気管挿管し、呼吸させながら救急車呼んで、正しく救命できたはずです。しかしその医師は気が動転して何もできず、結果的に命を落とすという最悪の事態になってしまいました。
亡くなった患者さんやそのご家族は本当に無念であったと思いますし、その医師にとってもその後のキャリアは閉ざされ、本当に悲惨だと感じます。
これは患者さんが死亡したという極端な例ですが、実際にそういった医療事故が起きているのです」
直美の生まれる背景には、美容外科クリニックの経営方法がある
美容外科医の求人募集を見ると、未経験可でも年収2,000~3,000万円という高額をうたっているクリニックが目についた。そもそも、直美が生まれる背景には美容外科クリニックの経営問題があると丸山院長は指摘します。
「大手美容外科クリニックは多くの分院を展開しています。そのため、とにかく多くの医師を雇用しなければクリニックを運営できません。
美容外科は形成外科の1つの分野ですから、形成外科の専門医が美容外科を実践するのが本筋です。しかし、何十人、何百人もの形成外科専門医を雇うことは実質不可能に近いでしょう。
そのため、簡単に雇える「直美」という仕組みをつくって推進しているわけです。実際、大手美容外科クリニックなどは、初期研修医を集めて就職セミナーのようなものを開いています。
私を含めたほとんどの美容外科の開業医は、お金のためにクリニックを経営しているわけではありません。質の高い美容医療を提供して、手術で多くの人を幸せにしたいと本心からそう考えているはずです。その結果として収益が増え、経営が安定するというのが美容外科の王道であり、本来の姿だと考えています。
現在の医療制度や法律では、直美の問題を解決することができません。患者にとっても若手医師にとっても、不幸な人を増やさないためには、私たち形成外科の医師がイニシアチブを取って改善していくように努力しなければならないと考えています」
消費者のリテラシー向上、啓発が重要に
他方で、美容医療を受ける消費者側のリテラシー向上が必要とも言います。
「法律や制度では規制が難しい現実があるなか、消費者側のリテラシーを向上させることが大事だと思っています。具体的には、林立する美容外科クリニックのなかから、どのようにクリニックや医師を選べばよいのかを草の根的に啓発していく必要があります」
では、消費者は具体的にどのような視点をもってクリニック・医師を選べば良いのでしょうか?
「ポイントはいくつかあります。一つは、医師の経歴をしっかり調べること。形成外科のトレーニングを積み、専門医も取っているかを確認することが必須です。
ちなみに、「日本美容外科学会」と名乗る学会が2つあります。日本美容外科学会(JSAPS)と日本美容外科学会(JSAS)です。前者は日本形成外科学会の専門医たちが中心となって運営している学会。一方後者は、美容外科の開業医が中心となって運営している学会です。
それぞれに専門医資格がありますが、JSAPSの専門医になるためには、初期臨床研修医を修了してから最短でも4年の後期研修をして形成外科の専門医を取得したのち、さらに数年間にわたって美容外科の研鑽をつみ、書類審査と筆記試験に合格しないと取得できません。この違いをチェックすることも大切です。
2つ目のポイントは、最初の相談でクリニックを訪れた際、担当の医師が説明してくれるかどうか。契約までカウンセラーだけが説明し、手術日になって初めて医師が出てくるクリニックもあります。
またカウンセリング時に担当医が同席しても、ほんの1~2分で終わってしまうということは珍しくありません。
担当医との面談時間が十分に確保され、手術の適応・不適応や、メリット・デメリット、さらに料金についても医師が説明するべきだというのが私の考えです。
そういうところをあいまいにするクリニックや医師は注意が必要でしょう」
美容医療は本来、受けた人に自信や幸福感をもたらす“前向きな医療”であるべきです。その実現のためには丸山院長の指摘するように、患者の安全、医師の成長、制度の整備が揃って保たれていることが必要でしょう。
しかし「直美」という仕組みは、そのバランスを崩しかねません。医師免許を持っているという点だけで未熟な医師が患者の命を預かり、十分なキャリア形成をできないまま、医療事故や離職に追い込まれる事すらある現状。これは誰にとっても不幸な結果をもたらします。
健全な美容医療の未来を守るためにも、国、医療界、そして消費者がそれぞれの立場からこの問題に正面から向き合い、より健全な美容医療の未来を築いていく努力が求められています。
- 著者:
丸山 直樹 医療法人社団形星会 理事長
銀座マイアミ美容外科 院長
(編集:幻冬舎ゴールドオンライン)
- 提供:
- © Medical LIVES / シャープファイナンス
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