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閉院を選ぶとき──実務・費用と手続き詳細ガイド【税理士が解説】

閉院を選ぶとき──実務・費用と手続き詳細ガイド【税理士が解説】

※画像はイメージです/PIXTA

クリニックの閉院(廃業)は、医業承継が困難な場合の「出口戦略」の一つです。自主的に事業を廃止する選択肢ですが、行政手続き上の義務や多額の金銭的な負担が生じるため、綿密な準備と対応が不可欠となります。 本稿では、閉院に向けた準備期間の目安から、具体的な手続き・届出の義務、そして発生する金銭的な負担までを詳細に解説します。

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1. 個人クリニック閉院のスケジュール /「約6ヶ月前」からのカウントダウン

閉院手続きは、一般的に閉院予定日の約6ヶ月前から準備を開始することが望ましいとされています。職員や患者、取引先への情報漏洩による混乱を避けるため、初期段階の意思決定と専門家への相談は慎重に進めましょう。

1-1. 閉院6ヶ月前(意思決定と計画策定)

・専門家(弁護士、税理士など)への相談を開始
賃貸契約の確認と家主への退去通知(契約内容によっては6ヶ月以上前に通知が必要。この段階では職員や患者への告知は行わない

1-2. 閉院3〜4ヶ月前(職員・患者への告知開始)

職員への告知労働基準法に基づき、少なくとも30日前までに解雇予告
患者への告知(院内掲示、書面通知)を開始

1-3. 閉院3ヶ月前(本格的な準備開始)

・医師会、リース・割賦会社、医薬品会社等へ告知
医療機器・医薬品の処分準備(専門業者との契約。麻薬・向精神薬の廃棄には厳格な手続きが必要
・内装解体業者の選定

1-4. 閉院1ヶ月前(最終準備)

・公共サービスの解約準備(電気・ガス・水道・郵便・通信など)
カルテの保管体制を確立
・スタッフの業務引き継ぎと有給休暇消化の調整

1-5. 閉院時(廃止届の提出・資産処分実行)

各種行政機関へ廃止届を提出
・カルテなど保管が必要な書類の移送手配
・最終レセプト提出後、内装解体工事を実施

1-6. 閉院後(最終手続きとリスク管理)

・テナントの返却
・税務申告と清算
カルテの保管義務(5年間)を履行

※医療訴訟リスクへの対応として医師賠償責任保険の継続を推奨

2. 廃業時に係る主な手続き・届出義務 の一覧と重要な対応義務

廃業にあたっては、行政手続き記録の保存義務各種資産の処分など、多岐にわたる義務が生じます。届出先や提出書類、提出期限は自治体によって異なる場合がありますが、主な届出・提出は次の通りです。

提出書類提出期限提出場所
診療所廃止届閉院の日から10日以内所轄の保健所
診療用エックス線装置廃止届同上同上
保険医療機関廃止届速やかに管轄の厚生局
生活保護法指定医療機関廃止届速やかに管轄の厚生局
麻薬施用者業務廃止届閉院の日から15日以内都道府県薬務主管課または保健所
健康保険・厚生年金保険適用事業所全喪届閉院の日から5日以内所轄の年金事務所
医師・歯科医師国民健康保険組合 被保険者資格喪失届速やかに医師・歯科医師国民健康保険組合
退会届速やかに所属の医師会
雇用保険適用事業所廃止届閉院の日から10日以内公共職業安定所
労働保険概算・確定保険料申告書閉院の日から50日以内労働基準監督署
個人事業の開業・廃業等届出書廃業日から1か月以内税務署
事業廃止届出書同上都道府県税事務所
給与支払事務所等の廃止届出書同上税務署
所得税の青色申告の取りやめ届出書翌年3月15日まで税務署
事業廃止届出書(消費税課税事業者)速やかに税務署
小規模企業共済の解約手続き事業廃止届出書提出後中小企業基盤整備機構

2-1 医療記録の保存義務
クリニックの廃止後も、医療記録の保存は法律上の義務となります。

診療録(カルテ)の保存期間:5年
・診療に関する諸記録(レントゲンフィルムなど)の保存期間:保険診療終了後3年
麻薬帳簿の保存期間:最終記載日から2年

これらの記録は、クリニックの廃止後も管理責任者が引き続き保存する義務を負います。
廃業の際には、医療機器、薬品、備品・消耗品などの処分が必要であり、これらにかかる費用も廃業に係る負担となります。
2-2. 医療機器、薬品、備品等の処分

・医薬品類は、使用期限の有無に関わらず、産業廃棄物として適正な処理が必要であり、処分費用が発生します 。
・医療機器は高額なため、売却や譲渡が可能であれば、廃業費用の負担軽減につながります 。この際、リース物件を誤って処分しないように注意が必要です。
・備品・消耗品の処分費用も発生します 。

2-3. 不動産および建物に関する対応
クリニックが賃貸物件である場合、建物の原状回復費用が発生します。

・テナントビルを閉鎖する場合、テナントビル所有者との間で原状回復に関する交渉が必要です。
・原状回復工事は、内装をスケルトン(骨組み)に戻すために、数百万円〜数千万円の費用がかかる場合があります。
自身が建物を所有している場合(戸建てなど)は、売却するか賃貸にするかなど、不動産の取り扱いを検討する必要があります。

3. 廃業時に発生する主な費用負担

廃業においては、行政手続きなどに係る負担に加えて、金銭的な負担が生じます。

負担項目内容
賃貸物件の場合の費用建物の原状回復費用
所有物件の場合建物の取壊費用、またはリフォーム費用
資産の処分費用医療機器、医薬品類、備品・消耗品の処分費用
負債の返済有利子負債の返済
人件費関連従業員の退職金
手続き費用登記や法的手続きの費用

無床診療所の場合、上記の費用合計が1,000万円を超えることもあり、金銭的な負担は大きくなります。改装や設備入替後の借入金が残っている場合は、特に課題となりえます。

おわりに ~後悔のない検討と失敗のない総決算を

廃業は、医業承継が困難であった場合の、最終的な「出口戦略」です。
地域医療への貢献や、後継者問題の解決、コスト削減といった多大なメリットを持つ医業承継(第三者承継)を最優先で検討し、それでも道が閉ざされた場合にのみ、廃業へと進むべき選択肢と言えます。
クリニックの廃業は、単なる行政手続きで完結するものではありません。多額の金銭的負担と複雑な義務が伴います。
失敗のない円滑な幕引きを実現するためには、決断を先延ばしにせず、早い段階から専門家と連携することが不可欠です。ライフプランと事業の「出口戦略」を深く見つめ直し、戦略的に準備を進めることが、後悔のないクリニック経営の総決算となります 。

著者:
日本クレアス税理士法人
執行役員/中川 義敬 税理士(近畿税理士会所属)
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

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