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“甘い話”にはご用心…開業医が警戒すべき「クリニックの事業承継」で起こり得るトラブル【医療コンサルタントが警鐘】

“甘い話”にはご用心…開業医が警戒すべき「クリニックの事業承継」で起こり得るトラブル【医療コンサルタントが警鐘】

クリニックの事業承継は「親族承継」が一般的でしたが、近年は第三者承継(M&A)が増加しつつあります。M&Aは後継者不足解決の糸口になるなどメリットが多い一方、売り手・買い手双方に「リスク」があることも認識しておかなければいけません。そのリスクとは具体的にどのようなものなのか、株式会社船井総合研究所あがたFASの田畑伸朗氏が解説します。

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親族承継からM&Aへ… “常識” が変化しつつある医療業界の事業承継

医療業界における事業承継といえば、これまでは親族承継が中心でした。しかしながら、近年では理事長の後継者不足などを背景に、従業員承継第三者承継(M&A)が増加基調にあります。
しかし、この状況に比例してトラブルが増えていることも事実です。

親族外を相手方とする従業員承継や第三者承継は、本来「売り手・買い手ともに一定のリスクが潜んでいる」という前提で検討を進めなければなりません。しかし、慣れていないためにリスクの所在がどこにあるのか、その勘所がわからないという人が多いのです。
そこで今回、M&Aにおいて売り手・買い手双方が注意すべきポイントについて、具体例を交えてみていきましょう。

「第三者承継」における、売り手・買い手それぞれのリスク

売り手は「買い手の信用力」に注意

売り手が注意するポイントは「買い手の信用力」に尽きます。
買い手の信用力を判断するには、下記のように判断すべきポイントが複数存在します。

約束どおり事業を引き継いでくれるのか(経営)
・従業員の雇用や患者の医療体制を維持してくれるのか(労務・理念)
・譲渡対価を支払える資金力を有するのか、安全性の高い財務体質であるのか(財務)など

あえていうならば、上記のほかに「買い手としての誠実さ」を加えたいところです。
たとえば実際にあったトラブルとして、交渉の入口で約束したことが、成約間近になって覆される事例が散見されます。
具体的には、
・最初は譲渡対価の一括支払いを約束していたにも関わらず、譲渡契約書を交わす間近になって分割払いに変更して欲しいとの申し出があった
・クロージング直前になって後出しでさまざまな追加条件を加えてきた
など、お互いの信頼関係が壊れるような交渉を前提としてくる買い手も存在するのです。

二者間交渉なので、やむなくこうした事態が発生することもあります。しかし問題なのは、悪意を持って確信的にこのような対応をする買い手が存在することです。
当然ながら、そのような買い手では譲渡後にうまくいくはずもありません。

買い手は「隠れ不正」に注意

一方、買い手が注意するポイントとしては、下記のようなものが挙げられます。

・売り手の事業分析経営・収益力
経営の安全性財務)など

さらに、「決算書に表れない不正なリスクが紛れていないかどうか」も、ぜひ検証いただきたいところです。

たとえば、医療事故の損害賠償や過去に行った診療報酬の不正請求の返還、それにともなう処分などの隠れ債務、風評被害、使途不明な資産の流用、契約上の瑕疵などです。
これらはDD(デューデリジェンス=買収監査)の過程で税理士などの専門家がチェックを行いますが、それだけで100%防ぐことは難しいものがあります。実際に、譲渡後に「診療報酬の水増し」が発覚して返還債務が発生した事例や、理事長の過大な私的流用を原因とした追徴課税などの事例が散見されます。

売り手の立場上、交渉の過程でこれらの事実を公表することに消極的になっても不自然ではないでしょう。金融機関の与信審査のように性悪説で相手を疑えとまではいいませんが、売り手に対して「なにかしらのリスクが存在するだろう」と警戒することは、自身の身を守るためにも必要です。

売り手と買い手の双方が入念にチェックすべき「2つ」の条文

これらのリスクを回避するために、M&Aの譲渡契約書には「表明保証」と「補償」についての条文が必ず存在します。

表明保証とは「一定時点(譲渡契約書契約時点)で、一定の内容について間違いがないことを当事者の一方がもう一方に対して表明し、その内容について保証すること」をいいます。
これは売り手、買い手の双方にとって非常に重要な事項であり、一方の当事者(主に売り手)がもう一方の当事者(主に買い手)に対して、項目や期間、範囲を定めて問題ないことを保証するのが表明保証です。

たとえば、売り手が「契約締結前の2年間にわたって、すべての従業員に対して未払いの時間外手当はありません」と表明保証したとします。この場合、仮に承継後1年前の未払い残業代が発覚して従業員から請求されたとき、買い手は売り手に対して損害賠償などにより補償を求めることが可能です。逆に、3年前の未払い残業代が発覚した場合は、表明保証の範囲外であるため、買い手は売り手に補償を求めることはできません。

また、表明保証と並んで補償(損害賠償等)の内容も非常に重要です。補償期間や補償金額などの設定を失敗すると、表明保証に該当したとしても、損失をカバーし切れるとは限りません。そのため、表明保証と補償には入念にチェックする必要があるでしょう。
これらを適正に判断するには一定の経験が必要なことから、M&Aの専門家を使うことをおすすめします

とはいえ、M&Aの助言業務を手がける企業は全国に3,000社近く存在し、法人や個人事業主、M&A専門事業者から金融機関や士業事務所にいたるまでさまざまです。なかには、成約を優先するあまり売り手・買い手のリスクを隠すような悪質な事業者や、あるいは単純に能力不足の事業者も存在します。
なんだか世知辛いですが、M&Aの専門家選びにおいても注意が必要です。

“甘い話” はない…適切なリスクコントロールで、Win-WinなM&Aを

これまで述べたリスクはM&Aの破綻に直結します。メリットばかりの甘い話は、この世には存在しません
とはいえ、可能な限りリスクを取り除き、そのうえで予想されるリスクコントロールを行うことができれば、M&Aは売り手にとっては事業承継問題を解決し得る、そして買い手にとっては事業成長の起爆剤となり得る、有効な手段となります。検討しない手はありません。

クリニックの事業承継においては、売り手と買い手の「信頼関係の構築」が非常に重要な要素です。そのためにも、誠実に情報開示を行い適正に警戒し専門家も加えて客観的な判断を行うように努めましょう。

著者:
田畑 伸朗
株式会社船井総合研究所あがたFAS チーフコンサルタント
(編集:幻冬舎ゴールドオンライン)
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

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