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医療法人を狙うネット犯罪~小規模医院のためのサイバーセキュリティ運用方法と事例

医療法人を狙うネット犯罪~小規模医院のためのサイバーセキュリティ運用方法と事例

※画像はイメージです/PIXTA

初回はサイバー犯罪の動向、また医療機関が狙われる理由、そして第2回は、サイバー犯罪への対策をするうえで「意識すること」と「考え方」についてお話ししました。これらを踏まえて、今回はセキュリティの実現に向けた運用例を解説いたします。
イーセットジャパン株式会社・シニアモニタリングアナリスト、佐島隆博さんの解説です。

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医療機関におけるサイバーセキュリティの運用事例と基本姿勢

この連載では3回にわたり、医療機関が取るべきサイバーセキュリティの姿勢について紹介してきました。その中で共通しているのは、院内ネットワーク上の活動をできる限り予測可能な状態に保つことです。これにより、異常をすばやく検知できるようになり、結果として強固な防御につながります。

予測可能な状態とは、ネットワーク上で「誰が」「どの端末で」「どの業務を」「どの時間帯に」「どのような方法で」行うかが、あらかじめ把握・管理されている状態を指します。
例えば、電子カルテの操作は特定の職員が決まった端末で行い、外部との通信は制限されているなど、通常の業務の流れが明確であることが重要です。
このような状態であれば、通常とは異なる動き(例:深夜に不審な通信が発生する、未登録の端末からアクセスがあるなど)をすぐに「異常」として検知できます。
一方、スタッフがそれぞれ自由勝手に使える環境は、利便性が高い反面、侵害リスクを高め、異常の検知や対応を困難にします

電子カルテをはじめとする医療情報システムの運用・管理を外部業者に委託するケースもあります。その場合、院内のセキュリティ運用についても、委託先と十分にすり合わせることが重要です。

ネットワーク分離(セグメンテーション)

前回の記事で、検査機器等の制御ソフトがWindowsで動作しているものの、汎用的なセキュリティ対策が取りにくいものがあるという点があげられました。
このような機器のセキュリティ対策はメーカー依存になり、また侵害された場合は気づきにくいものです。これらの機器を保護するには以下のような施策が考えられます。

インターネットへの接続を最小限にし、専用ネットワークに隔離する
・メーカーに問い合わせて必要な通信内容を把握し、それ以外の通信は遮断する
・許可されていない通信があった場合は、通知を発信する設定を行う

 

院内パソコンの運用について

電子カルテや予約システム、給与振り込み等、院内パソコンで行う業務は様々ですが、どれもあらかじめ把握できるものです。それら決められた業務以外をやらない、やらせないというポリシーを取ります。
例えば、全パソコンにおいてアプリのインストールを禁止することや、電子カルテへアクセスするパソコンではメールの確認やネットサーフィンを禁止するというようなことです。テクノロジーの観点からは以下のような設定が可能です。

日常業務は管理者権限を持たないアカウントで行う。
・各利用者には個別にアカウントを割り当て、アカウントの共有はしない。また各自が使用できるパソコンを業務内必要とされるものに限定する。
多要素認証を導入する
管理者アカウントには強力なパスワードを設定し、アクセスできる人を制限する。
・セキュリティソフトを導入して起動できるアプリやネットワーク通信を制限する。
許可されていないアプリが起動されたらそれを強制終了し、管理者に通知を発信するようにする。
OSや業務アプリは最新状態を維持する。

メール、LINE、その他外部との通信

患者向けのお知らせを送信するのにメールやLINEを活用したり、学会へ出席するためにノートパソコンを持っていくことも考えられます。出先ではUSBメモリーを使ってファイル交換をするかもしれませんし、メールやSNSの確認、動画視聴をされるかもしれません。
こうした外部との通信は便利ですが、外部からの情報受け取りには常にリスクが伴います可能な限り避ける、または制限することが望ましいです。

持ち出しパソコンでは管理者権限のないアカウントを使う。
・該当パソコンは院内ネットワークに繋がない
・該当パソコンのファイルを院内ネットワークに持ち込まない

データのバックアップ

データ保護の観点から、バックアップの運用は必要不可欠です。
ランサムウェアのようなサイバー攻撃のみならず、火災や自然災害など、データ消失に繋がる要因は多々あります。どのリスクに対応するかによって採用するソリューションも変わってきますが、最低限、以下のようなポリシーを取り入れるべきだと思います。

・バックアップ最低でも1日1回取得する。
・バックアップは暗号化する
院外にもバックアップのコピーを維持する。
クラウドストレージなどを利用する。
・USBメモリー等の媒体を使用する場合は、盗難・紛失に留意する。
⇒媒体の取り扱いに関するポリシーと手順が必要

インターネットバンキングアカウント情報

医療機関でも、各種支払いにインターネットバンキングを利用することが一般的です。このアカウントの管理は、外部からの不正アクセスだけでなく内部者による不正も想定しておく必要があります。

・振り込みは2名以上立ち合いのもと行うようにする。
・アクセスには多要素認証を設定する。
認証方式の一つ以上にパスキー等、パスワードレス認証を使用する。
・振り込み毎に責任者への通知が届くように設定する。

おわりに

サイバーセキュリティの実現には紹介した以外にも多くの検討項目があります。また仕組みを作ったら終わりではなく、継続的な運用と見直しが必要です。
取り組み方次第で大変さの度合いが異なりますが、一般的に言えるのは事前にしっかり準備しておけば後が楽になるということです。

この記事がセキュリティ対策を考えるきっかけになれば幸いです。

(追記)中国の政府系ハッカー集団が活動方向転換、利潤追求に変化?

2025年6月に公開されたESETのAPT活動レポートでは、中国のAPT(Advanced Persistent Threat)グループが、従来のスパイ活動から金銭的利益の追求へと方針を転換しつつあることが指摘されています。

同様の傾向は、Verizonの「Data Breach Investigation Report 2025」でも報告されており、いずれも小さな扱いながらも、非常に気になる動きです。これまで中国のAPTグループは、中国政府の指示や支援のもと、国家的なスパイ活動を行ってきました。高度な知識と技術、潤沢な資金を背景に、ランサムウェアのような目立つ攻撃は避ける傾向があるとされていました

今回の方針転換には複数の要因が考えられますが、ひとつ確かなのは、こうした強力なAPTグループが金儲け」に手を染め始めたという事実です。これは、企業だけでなく個人も含め、誰もが標的になり得る時代に突入したことを意味します。実際、北朝鮮のAPTグループによる、資金目的で個人を狙った事例も報告されています。防御する側としては、これまで以上に警戒を強めセキュリティ対策を徹底していく必要があります
著者:
イーセットジャパン株式会社・シニアモニタリングアナリスト 佐島隆博
提供:
© Medical LIVES / シャープファイナンス

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