医師をはじめとした医療従事者の“働きすぎ”が問題となっています。こうしたなか、国は今年4月から「医師…
今回は、富士通Japan株式会社よりコラムを提供いただきました。富士通Japan株式会社は、「Fujitsu Healthcare Connective Place」というオウンドメディアを運営されています。
今回のコラムでは、前回から引き続き第二弾として「クリニック開業ガイダンス -患者から選ばれるクリニックのための開業前準備-」をお届けします。全国の医師32万人のうち7万人が(※2018年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況)病院又はクリニックの開設者や代表者となっています。そして、開業医の平均年齢は年々高まり、帝国データバンクの集計によれば後継者がいないと答える先生は約90%もいらっしゃいます。これから開業を目指す先生やこれから事業展開をされる先生方にとっては新規開業のみではなく承継開業を選択できる機会があると捉えることができるのではないでしょうか。
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承継開業のメリットとは?
承継開業のメリットは当初より患者の来院が見込めることであり、収入(経営)も新規開業より安定しやすいといえます。近年は特に都市部においてクリニックが増えており、新規開業の場合、一から患者を獲得していくためには、他院との差別化や広告宣伝への投資を増やす等の対策が必要ですが、承継開業の場合は、全員ではないにしても従業員を引き継ぐことができる点もメリットと言えます。 昨今のクリニック経営ではなかなか従業員が集まらないことで悩まれている先生も多くいらっしゃいます。新規開業であっても一定の能力や条件を満たす人が揃わないということもあります。承継開業の場合は患者を引き継ぐだけでなく、現在の運営体制も引き継ぐことができますので、そういったリスクを低減できます。
一方で、承継開業においては古い設備を引き継ぐことや承継の条件交渉が難航する可能性などを考えて承継開業を検討しない先生もおられます。確かに古い設備を承継することに抵抗があるかもしれませんが、開業にあたって全てを新調するのではなく、レントゲン等利用できるものはそのまま利用し、電子カルテ等の更新が必要なものだけ購入するといったメリハリをつけることで、投資額を抑えることが可能です。特に最近は建築単価が上がっており、一旦内装を引き継いで、経営に余裕ができた点で改装するという選択肢も一考の余地があります。
また、交渉に関しては、例えば承継開業をする先生(買い手)は、できる限り低い価格で引き継ぎたいと考える一方で、医院を譲渡する先生(売り手)は、高い額で譲渡したいと考えることもあり、両者の利害がぶつかります。このように当事者同士では、どうしてもまとまりにくい問題については、仲介者が客観的な視点で数字を分析し、適切な譲渡金額を提示し、お互いの条件面を整理していきます。もちろん条件交渉に関しては、金額以外にも引き継ぎ方法や先生方のこだわりがあります。ですが、仲介者が間に入ることで、双方が納得できる交渉結果に落ち着く可能性が高まります。
交渉時に役立つ知識
こういった交渉においては基本的な用語やその意味を知っておくことが重要です。例えば、『譲渡価格』というのは売値ぐらいの感覚で捉えていることが多いのではないでしょうか。ですが、承継における『譲渡価格』は少し意味合いが異なります。一般的に出資持分のある医療法人を承継する場合、時価純資産額に営業権を上乗せして算出した金額が譲渡価格の目安となります。ここで注意点としては時価純資産の中には現預金も含まれる、ということになります。従って仮に1億円を保有した医療法人の譲渡価格が2億円の場合、実質的には1億円で医療法人を買う、ということになります。ですので、譲渡価格のみを軸に価格を検討すると判断を誤ってしまうことがありますので注意が必要でしょう。
また、売り手側で土地建物を所有している場合は、不動産の対価もこの譲渡価格に含まれるケースがあります。交渉次第では賃貸契約にできることもありますので、その場合には譲渡価格が下がることになります。もし金銭面以外の条件が自分の希望に合うのであれば、一度問い合わせをしてみることをお勧めします。
先ほどの文中において『営業権』という用語を用いましたが、こちらについても知っておく必要があります。『営業権』とは、事業の超過収益力を表す資産で、会計用語では「のれん」ともいいます。営業権として決まった計算方法はありませんが、現状のクリニックの収益額を基に、減価償却費やコスト、オーナー報酬などを適正金額で修正し計算されます。もちろん営業権は高ければよいという訳ではなく、何年で投資が回収できるのか、という観点からの検討は必要だと思います。その他にも承継においては様々な用語が利用されます。先生方が今まで聞いたことがない用語も多いと思いますので、そういった場合には専門家に一つ一つ確認しておくことが重要です。誤解したまま交渉が進んでしまうと、こんなはずではなかった、と後悔することがあるかもしれません。
承継開業時のスケジュール
さて、承継開業においては用語だけではなく、多くの工程があり、そのスケジュールを確認しておくことも重要です。その上で、事前にすべきことを洗い出し、期限を明確にしておくことが肝と言えます。では、買い手としては、どのようなことが必要となるでしょうか? 仮にM&Aの工程を5段階に分けると、承継先を探す段階、承継先と交渉する段階、承継先と条件をまとめる段階、承継する段階、承継後の段階があります。
それぞれの段階で、すべきこと、しておいたほうが良いことを知り、スケジュールに落とし込むことになります。例えば、承継先を探す段階では、承継先候補を探し、そのクリニックの情報を得る必要があります。また、承継先候補が複数あればどこと交渉するか決める必要があります。承継先を一から探すのであれば、開業を希望する時期より1年ないし2年前に情報収集を始めておいた方がいいでしょう。
承継先が見つかってからの工程においても行うべきことは多々あります。承継先が見つかってからは、売り手と面談して意向を確認し、お互いの条件をすり合わせて大枠を書面にまとめる(基本合意の締結)や、場合によっては引き継ぐ資産の状況や提示された数字等が適正か精査する(デューデリジェンス)必要もあります。この条件のすり合わせの中では、既存の患者を引き継ぐために一定期間一緒に診療をしてもらえるかも確認したほうが良いでしょう。引き継ぎをしてもらえる場合、どのくらいの期間、どのような条件でしてもらえるのかも確認することが大事です。
その後、最終的な条件が決定した後にはこれを契約書という形に整えます。契約が完了したら必要な医療機器や設備等の引き継ぎや対価の支払などを経て、承継が完了し、先生の医院経営が開始します。但し、上記は単に売り手との交渉だけを抜粋した工程です。実際には各種届出等を行政などに提出し許認可を得なければならないケースや事業計画を作成して資金調達を行う等多くの工程があります。仮に交渉が上手くまとまったとしても、行政の許認可を得られなければ保険診療はできないこともありますので、スケジュール管理は非常に重要になります。こういった事項を漏れなくスケジュール化して進めることは一人では難しいので、専門家と一緒に考えておく方が望ましいといえるでしょう。
承継元医院のDX化
上記のスケジュールの中に是非とも組み込んでおきたいのが、承継する医院のDX化です。「医療DX令和ビジョン2030」においても2030年には電子カルテ普及率100%を目指すとされており、且つ今後の診療の効率化においても電子カルテの導入は必須です。半面、ご高齢の先生の中には電子カルテへの移行を躊躇したまま第三者に承継することも多々あります。レセコンの機種変更、電子カルテ化などは、これまでの業務フローを変えることになるため、慣れるまでの生産性の低下や従業員の残業代の増加等の障害もあるからです。ですが、承継という変化に併せて電子カルテの導入に踏み切ることは有効ではないかと考えます。というのも、承継という大きな変化の一部に組み込むことで従業員の理解や協力を得やすい環境と言えるのではないでしょうか。できれば売り手の先生に相談し、承継後の早い段階で従業員に説明する場や操作・業務フローを確認する場をスケジュールに組み込んでおくと事業承継に合わせてスムーズに移行できると考えます。
以下は一つの導入時の顧客事例です。
【顧客事例】
紙カルテで運用していたクリニックを承継しました。電子カルテに慣れていたのでいずれは変えたいと思っていましたが、今回、従業員の雇用関係を引き継ぎ、売り手の先生にも2か月は非常勤として勤務してもらうことになりました。引き継ぎ期間に少し余裕があったため、引き継ぎ期間中での電子カルテ導入に踏み切りました。いろいろ検討した結果、今後の医療DXにも対応できるようにレセコン一体型にしました。3か月目には電子カルテを導入する計画を立て、予定通りに進めることができました。事務スタッフには若干負担があったかもしれませんが、売り手の先生にも事前に協力を取り付けておいたため大きなトラブルなく進めることができました。
もちろん電子カルテの導入に伴って追加での投資は必要になります。ですが、承継の計画に組み込むことで銀行との交渉や資金調達も一度で完了することができ、円滑な事業承継ができます。
おわりに
このように、事業承継にあたっては様々な要素を加味して行うことになります。単に売り手から同意を得ただけでは事業承継が成功したとは言えません。売り手・従業員・患者・行政・取引先・銀行等の様々なステークホルダーとも交渉・調整しながら、全員から納得・応援してもらえるような承継を目指すことが大事になります。そのために先生お一人で対応するのではなく、様々な専門家を活用しながら承継開業というスタートを目指していかれてはいかがでしょうか。
著者・監修:日本経営ウィル税理士法人
発行元:富士通Japan株式会社
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