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※画像はイメージです/PIXTA
開業医の相続は、一般的な相続問題に加えて「事業承継」「ライセンス問題」などが絡むことからトラブルに発展しやすく、生前の対策が必須だと、山村法律事務所の山村暢彦代表弁護士はいいます。前編に続き、後編となる今回は、山村弁護士が実際に担当した開業医の相続案件を通して、開業医が相続で気を付けるべきポイントをみていきます。
開業医の相続トラブルと課題
クリニックの相続は、①事業承継が絡む、②ライセンスの問題があり親族内承継が一筋縄ではいかない、③そもそも親族で協力して経営していくことが難しいなど、一般的な相続事案と比べても難しい要素が増えることから、トラブルにつながりやすい側面があります。
「メディカルビル」と「クリニック」の相続
筆者が実際に受けた相談をベースに、メディカルビルとクリニックの相続についてお話します。
メディカルビルというのは、クリニックや薬局などが多数テナントとして入居している事業ビルのことを言います。クリニックモールや医療モールという呼称もありますが、今回の事例は6階建ての建物なので「メディカルビル」と呼びます。
医師に診療を受けると薬が処方されることが多いため、同じビルに薬局もあると便利です。また、医師は専門が分かれているのが通常ですから、内科、耳鼻科、歯科などが同じビルに入っていると、「何か身体の調子が悪ければ、このビルにくればよい」と集客力のアップにも繋がります。
前置きが長くなりましたが、相談を受けた相続対策ではメディカルビルとクリニックの承継が大きな論点になっている事案でした。
まず、対象のメディカルビルは6階建ての建物で3・4階で理事長自身がクリニックを運営しており、5階が長男の自宅、6階が理事長夫婦の自宅、1・2階が他のクリニックや薬局などのテナントという構成でした。
メディカルビルに住んでいる長男は医師免許を保有していないものの経理等運営面を手伝っている。長女は医師免許を保有しており、クリニックで一緒に働いているという状況でした。この時点で家族経営の基礎ができている状況です。
相談者の悩みとしては、メディカルビルは資産価値が高いもののクリニックには借金がある。また、長女は医師免許を有しているが、長男が医師免許を保有しておらず医療法人の制度も複雑でよく分かっていない。そのため、弁護士側で一度どのような相続方法があるか方針をいくつか出してほしいという依頼でした。
現状に対する筆者の見解・助言
まず、クリニックの承継については基本的なところから説明し、現状のように家族経営の基礎ができているのであれば医師免許を有している長女が代表理事に就任し、長男が経営をサポートしていくことでよいのではないかと伝えました。
今回は既に家族経営の基礎ができているので、少なくとも長男長女の代では大きな問題は生じないと考えられます。ただ、孫の代になるとより複雑になってくるため、長男長女は先々のことまでイメージしながら子育てやクリニック運営を行ったほうがいいと伝えました。
次に相続が複雑なメディカルビルです。事業用のビルで立地・広さともに申し分なく、1・2階のテナントからの賃料収入も得られるので、資産価値が非常に高いものでした。
しかしながら、今回は資産価値は高いが平等に分けるのが難しいという問題があります。
今回のような事業ビルの場合、1、2階は外部のテナントで、賃貸借契約があります。一方3、4階のクリニックは、会計処理上の問題もあり、賃料処理はされているものの、家賃は相場との乖離があります。
そして、6階の代表理事の自宅や5階の長男の自宅は賃料無し使用貸借という状態でした。
このように親族が居住している相続不動産の分け方は非常に難しく、また、評価額、評価方法についてもいくつか考え方が分かれることから相続は混迷を極めます。
そして、最後は、クリニックの負っていた負債についてです。理事長が連帯保証人になることが多いですが、今回の場合は理事長となる長女のデメリット(借金)が大きくなります。また、他の相続人の長男が社員に入る予定のため、クリニックの負債の返済方法、代表理事の役員報酬の決定方法などについても争点になる可能性があります。
現状、依頼人が望む「綺麗な相続」は難しい
肩透かしな結論に思えるかもしれませんが、今回の場合では、綺麗に資産を分ける相続対策、遺言書の作成は難しいのではないかという結論に至りました。
メディカルビルが1棟の建物であるため、うまく割り切れません。これが「区分所有建物」で、ワンフロアごとに権利がわかれていれば、もう少し財産の分配がしやすい状況になります。
がっかりされるかもしれないなと思いながらも正直に検討状況を伝えたところ、ビルも老朽化しており建て替えの必要性も感じていたようで、相談者は、ビルを建て替えて区分所有建物に切り替えていくという方針が一番気に入ったようでした。
一刀両断で相続財産の分配ができない以上、考え方を変えて、財産自体を分配可能な形に変えてしまう、というのもひとつの解決法です。
今回は、まだ代表理事も現役で、ビルの建て替えを行う余力や時間もあったため、この方向に定まりました。
なお、建て替えをせず、現状の建物を区分所有建物に変更する手続きもあるにはありますが、手続きはかなり煩雑です。そのため、今回のケースでは老朽化していたこともあり、建て替え⇒区分所有建物化した後で、改めて遺言書作成等を進めていくという流れとなったのでした。
今回は親族間での承継の整理がつきそうですが、親族などへの承継の目途がつかないケースも多くなっています。今回のケースにも共通することですが、大事なことは早めに準備をするということです。
- 著者:
山村 暢彦(編集:株式会社幻冬舎ゴールドオンライン)
【弁護士法人山村法律事務所】代表弁護士
実家の不動産・相続トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力する。昨今では、FMラジオ出演、セミナー講師等にも力を入れ、不動産・相続トラブルを減らすため、情報発信も積極的に行っている。数年前より「不動産に強い」との評判から、「不動産相続」業務が急増している。税理士・司法書士等の他士業や不動産会社から、複雑な相続業務の依頼が多い。遺産分割調停・審判に加え、遺言書無効確認訴訟、遺産確認の訴え、財産使い込みの不当利得返還請求訴訟など、相続関連の特殊訴訟の対応件数も豊富。
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